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第62号 スウェーデン最長のトンネル

12月10日、ストックホルムでのノーベル賞授賞式で今年は邦人2名、生理学、医学賞の大村智氏と物理学の梶田隆章氏が受賞されました。12月13日はルチア祭、少女が頭にロウソクの火をかざしサンタルチアの歌を歌い歩き、そして12月24日はクリスマスイブと北欧はクリスマス一色になりました。そんな12月8日(火)、以前りんご狩りの記事にも書いた、西海岸、ボースタッド町(Bastad)の郊外で、スウェーデンでは最長のトンネル開通式が行われました。もっとも筆者が訪れたのは前日の12月7日でした。今回は開通されたハーランドオーストンネル(Hallandsåstunnel)について書いてみましょう。

ルチア祭
ルチア祭
サンタルチアの歌を歌う少女達
サンタルチアの歌を歌う少女達

ハーランドオースの語意はハーランド地方とオース(山脈、丘陵)の組み合わせで、スウェーデンの南西海岸に位置するハーランド地方と南スウェーデン、スコーネ地方の境にある丘陵、山脈です。幅5-10キロ、長さは約40キロで最高地点は海抜226メートルですから、標高約200メートル程の高さの山脈とも言えるでしょう。スウェーデン語のオースは普通、氷河によって運ばれた土砂により作られた、丘陵と解釈されています。ちょっと余談になりますが、ルンド工科大学で勉強していた頃、北欧の氷河時代の話しを聞かされ、とても印象に残りました。オースでは氷河により、大きい岩が削られ、そして氷河と共に下へとゴロゴロ転がりながら押し下がって行くので、オースの石は角が無く、丸形が特徴です。

そんな歴史的にもまた地理的にも特徴のあるハーランドオース、動植物の移動もこの山脈によって分けられ、南側のスコーネ地方、特に西部は平坦な平地で北のハーランド地方とは地形がとても異なり、更に野獣もこの山脈でくい止められ、スコーネ地方は野獣の少ない農地に適した平地です。

ハーランドオース山脈
ハーランドオース山脈

交通機関についてはスウェーデンでは西海岸沿いに国道6号線が走っていて、それに平行して鉄道の幹線が北のノルウェーへと向かって敷かれています。西暦2000年にはデンマーク首都、コペンハーゲンと対岸のスウェーデン第3の都会マルメがオレサンド橋で結ばれました。橋2階建てで上は車道と共に下は鉄道が通っていて両国間の重要な幹線となっています。マルメから更に西海岸を北上、スウェーデン第2都市、ヨーテボリまでは直通では250キロ弱、鉄道距離は約300キロです。更に北上ノルウェーの首都オスローまでは鉄道で更に約300キロ程でノルウェーの首都に着きます。

ハーランドオーストンネル入口
ハーランドオーストンネル入口

スウェーデン国の希望としては、この西側の幹線、特にハーランドオースでの鉄道の沈滞解消の為トンネルを制作し列車を早く走らせる事が出来ないだろうかと、長年の課題でした。山脈の幅はほんの10キロ弱、時間の節約も10分程度ですが、念願の課題ともなっていました。実際に鉄道トンネルの計画が立てられたのは1975年の事、そしてトンネルを堀り出したのは1992年でした。当時の予算では約1ミリヤードクローナ(1,000,000,000クローナ、約135億円)とも話されていたのですが、トンネル工事では色々な問題が生じ又制作には多大の歳月がかかり、23年後の今年に総工費が10倍の10ミリヤード(1,350億円)で、この12月8日に開通式が行われた次第です。

開通式会場作りの様子
開通式会場作りの様子
バールコクラ新駅
バールコクラ新駅

日本は世界最長の海底青函トンネルの技術を持ち、さらに近年では新幹線用の八甲田トンネルを開通させましたが、スウェーデンもノーベル賞でも知られる様に科学技術は歴史的にも高くダイナマイトの発明に限らず、トンネル掘削機械製造会社のアトラスコプコ社のドリルや大型歯車は世界的にも有名で、又自動車で地名のボルボ(Volvo)は大型ダンプカー製造会社としても広く知られています。トンネル技術が発展しているスウェーデンで何故ハーランドオーストンネルでミス、多大の費用がかかったのかとマスコミでは問われていました。多分北欧の岩盤掘削には慣れていたスウェーデンですが、ハーランドオーサ、山脈の原盤が殆ど粘度層であったのを、甘く見積っていたからとも思われます。更に運が悪い事には粘土層の固定に、毒のシリコンを使用し、農家の牛が死亡する事件などもあったりで、正に泣きっ面に蜂でした。

そんな歴史のあるハーランドオーストンネルは、12月8日ストックホルムから大臣も迎え、スコーネ地方(南口、バールコクラ新駅、Barkåkra)とハーランド地方(北口、ボースタド駅)で開通式が行われました。

トンネル入口と筆者
トンネル入口と筆者

2015年12月28日
スウェーデン在住、弘前市出身、工藤信彰

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プロフィール

工藤 信彰
Nobuaki Kudo

1949年弘前市生まれ。大学時代に3年程休学し、ヨーロッパを旅したことがきっかけで、大学卒業後スウェーデンに渡る。スウェーデンにてルンド工科大学を卒業し、一般企業へ就職するが、経済学を学ぶため退職しルンド大学経済学部へ入学する。卒業後は1990年~2015年までマルカリド市役所勤務。マルカリド市議会議員(2006年~2018年)を経て、現在は環境党マルカリド党首及び、クロノベリ県議会執行役員を務めている。

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