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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.6 バレンタインのリンゴ

私の両親は放牧的教育方針で、そこそこ成長するまで人生の道を好きに歩けたのですが、群れを離れる(=人の道に背いたことをする)ときつい鞭が飛んでくるという感じでした。まさに放牧です。そんな環境で育ったので、必然的に「どうせなら何か面白い体験がしたい」というふらふらした性格になります。大学進学の際も「どうせひとり暮らしするなら、ここ(大阪)とはまったく環境が違うところに住みたい」という気持ちだけで弘前の大学を選びました。4月なのに粉雪がぱらついたり、道ゆくオシャレな女性が見かけとのギャップも激しく話すバリバリの津軽弁の意味がわからなかったり、一晩明けると窓の外が一面の銀世界になっていたり。弘前では、実家のある大阪にい続けていたら絶対に体験できなかっただろうことがたくさんありました。そんな中でもとりわけ温かい思い出として記憶に大切にしまっているものがあります。

当時はいわゆる「やせの大食い」だったので、実家にいる時からおやつがわりのご飯を自分で作ったりしていました。なので自炊は苦ではありませんでした。でも、やっぱり面倒な時はあります。そういう時に頑張る性格ではないので、ご飯を作りたくない時はアパートから歩いて10分くらいのところにある大衆食堂に食べに行ってました。俳優の鶴田浩二に似た、渋くて寡黙な親父さんとその奥さま、そしてたぶん30代後半くらいの息子さんの3人でやっている食堂で、ガテン系の人とか、近所のおじいちゃんおばあちゃんが来るような、むちゃくちゃ地元感あふれる食堂でした。

2月のある日、いつものように食事を終えて帰ろうとすると、奥さまが「お兄ちゃん、これ、バレンタインのチョコのかわり!」と言ってビニール袋に入ったリンゴを数個くださいました。ここからは大阪風に親しみを込めて「おばちゃん」と呼びましょうか。弘前は大学生の街なので、若者が気軽に食事できるようなお店がたくさんありましたが、さすがにこの食堂に足繁く通う学生はいなかったようで、おばちゃんにはいつも温かい言葉をかけてもらっていました。それまでも、定食に一品おかずをサービスで追加してくれたり、お金を払う時に飴をくれたりしたのですが、リンゴはこの時がはじめてでした。そして、なんとも若者らしくないことに、おばちゃんに言われてやっと「ああ、今日はバレンタインだったか」と気づいた当時の私でした。

さて、この思い出は自分の中では強烈なのですが、この時いただいたリンゴの味は全くおぼえていません。赤い品種だったことしか記憶にありません。青森県民あるあるで「リンゴはもらって食べるもの」というのがありますよね。そんな環境の中で気づいたことがあります。「青森の人は案外リンゴの品種について、詳しくないんじゃないか」ということです。リンゴの品種と言えば、私がはじめてそれらに関心を持ったのは、水島新司の高校野球マンガ『大甲子園』を読んだ中学の時です。このマンガは有名な『ドカベン』の続編で、主人公の山田太郎がいる明訓高校が、水島高校野球オールスターズ勢ぞろいの夏の甲子園大会で好ゲームを繰り広げて勝ち上がって行くというストーリーです。そんな中、2回戦で対戦するのが青森県の「りんご園農業高校」(笑)。チームの中心選手星王が明訓の投手里中の球種をある方法で見分け、打者にリンゴの品種名の暗号でそれを伝えて里中が集中打を浴び、明訓が危機に陥るのです。作中では「王鈴」とか「デリシャス」とかいろんな品種名が出てきますが、明訓の監督が東北出身だったため、明訓のメンバーはそれがリンゴのことだとはじめて知るのです。彼らが無知なのではなく、リンゴを作る側でない人たちにとっては、そんなものかもしれませんね。それは「もらって食べる」場合も同じです。

スターキングデリシャス
「大甲子園」に登場する「星王くん」こと
スターキングデリシャス。
少し大きめでコブがあり底がゴツゴツしているのが特徴的。

音楽業界の大先輩で、前に「僕にオススメの音楽を聴かせたいなら、プレゼントはやめてください。もらい物はなぜか聴かないので、情報だけ教えてもらえれば自分で買います」と言う人がいてビックリしたことがあります。驚きはしたのですが、自分もよく考えたらそんな感じです。私はポーランドや中欧の音楽が好きなので、まずそれが最優先。次に仕事で書くレヴューやライナーのために聴く音楽。もうこれだけでほとんど時間はいっぱいいっぱいです。くれた人がどんなに親しい、信頼できる人でも、いただいた音源は聴くのが後回しになります。

ある日、チェーン店のカフェのBGMで流れてきて驚いたポーランドの女性ヴォーカリスト、ドロタ・ミシキェヴィチの曲

仕事柄、外国から来たミュージシャンと話をすることも多いのですが、ほとんどの人が日本のあらゆる場所で上質の音楽がBGMとして流れていることに驚きます。日本人は、自分で想像する以上に日常を音楽に包まれています。世界一のBGM王国だと言ってもいいでしょう。それはそれですばらしいことなのですが、そういう環境の中で音楽をもらい続けていると、だんだん「聴いて良いか悪いか」だけが大事になってきて「それがどういう音楽なのか」とか「どんなジャンル」とか「どこの国のミュージシャンか」とかについて無頓着になっていくのではないかと思います。例えそうでも、日常で音楽に触れる機会が多いことはすごいことだと言うミュージシャンもとても多いのですが。

「もらって食べる青森のリンゴ」方式で音楽を受け取ることが多い日本人に、もっと音楽の品種について興味を持ってもらうには「ラジオ」と「コンピレーションCD」が有効なのではないかと私は考えています。テレビやインターネット全盛期の現在でも、ラジオは根強く残っています。ツイッターなどをチェックしていると、面白い音楽にラジオ番組で出合ったと書きこんでいる若者ユーザーが予想以上に多いのにも驚きます。その番組の構成によって違うとは思いますが、「良い音楽に出合った」と感じることができるのは多分、出演者がその音楽についての思い入れや情報を語る形式のものではないでしょうか。また、日本は有名バイヤーやライター、DJが自分なりの選曲で編んだ「コンピレーションCD」がたくさん出ていることでも、世界的に珍しい国です。今活躍しているミュージシャンや音楽関係者の中にも、昔出たコンピに強い影響を受けて音楽の道を志した人はけっこう多いんです。曲のセレクションには、選曲者それぞれのストーリーがありますし、それらのコンピには必ず彼らの解説が読み物としてついています。ラジオやコンピで、オススメする誰かが自分なりのストーリーを語ることで、ただ「いい悪い」という印象だけではなくて、聴き手の思い出にその音楽の品種や情報がリンクするのではないでしょうか。独自の選曲と、思い出に残るようなトークやテキスト・ライティングができる人が活躍するラジオ番組やCDの企画がもっと増えたら楽しいだろうなあと思っています。私もいつかみなさんの記憶に長く残るオラシオ・セレクトのコンピを出したいです。

東京時代一緒にバンドをやっていたプロ・アコーディオン奏者松本操子が銀座のCDショップの試聴コーナーで薦めてくれた曲。ブラジルのエリス・レジーナの「もし、そう思うなら」。この一曲との出合いがブラジル音楽にのめり込むきっかけに

音楽でもリンゴでも「受け取る」というのはかなり記憶に残りやすい出来事です。受け取ったものの中身については忘れても、受け取ったこと自体は長くおぼえているもの。バレンタインにおばちゃんからリンゴをもらった思い出を、私は一生忘れません。今度あなたがリンゴや音楽を誰かにプレゼントする時、その品種について少し言葉を添えてみてはいかがでしょうか。あなたにもらった思い出とともに、きっとその人の記憶に深い印象を刻むでしょう。

2016/2/13

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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