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第22号 秋のヨーロッパ紀行 下

ドイツの町ヘン(Hen)のホテルで早朝6時に目を覚ましました。シャワーを素早く浴び 朝食を食べに1階のレストランへ、パリへのバス出発は7時です。すでに多くの旅の同伴者達は食事を取っていました。

ドイツの朝食はボリュームがあります。ヨーグルト、パン、ハム、ソーセージと種類は豊富。そして沢山の果物が並ぶバイキング料理でした。今回は前回の続きでパリへのバス旅行を書きましょう。

パリへのバス旅行

早朝ホテルを出てバスへ、まだ11月初旬ですが外はマイナス、霜が降りていました。少し寒さに震えつつ暖かいバスへ。バスが動き出すと共に眠くもなりました。バスはブリュッセル経由で目的地のパリへ。外は日曜日なのか通り過ぎた町々は未だ目覚めてなく、バスは平坦な土地を南下して行きました。

ブリュッセル

11時にはEU・欧州の中心都市、ベルギーの首都ブリュッセルに着きました。朝の寒さは消えてしまい、天気も良かったので日当りでは暖かいくらいの外気。バスを降り中心部の広場、グランドパレス(Grand Place)へ皆でゆっくり歩いて行きました。グランドパレスの大広場はゴチックの金色等の建物で囲まれた石畳の広場で、とても豪華な感じでした。多くの旅行者があちこちで写真を撮ったり、アイスクリームやベルギー名物のパンケーキを頬張りながら、石畳を踊る様に歩いていました。我々も早速カメラを取り出し、パチリ、パチリ。ふと、ずーっと昔に1度訪れた時の事を思い出しました。グランドパレスからほんの2~300メートルの小道に、世界的に有名な「小便小僧」が立っていました。土産屋がぎっしり詰まった小道、鉄格子の柵で囲まれた角の上にちょこんと立っていました。ややもすると見逃してしまいそうな、半メートル程の小さな銅像の小僧君、ゆうゆうとオシッコをしている姿はとても憎めませんでした。

小便小僧

バスはブリュッセルを離れいよいよ目的地のパリへ。国際大都市のパリに入ったのは夕方、そろそろ薄暗くなりつつありました。郊外地を通り過ぎ、パリ中心部へ。バスから遠くの丘に真っ白な教会が見られました。モンマルトルの丘に建つサクレ・クール寺院です。都心に入り道路は狭くなり、時々車が渋滞しがちでした。バスはホテルから100メートル程離れた交差点に止まり、そこから荷物を持ってホテルへ。都会だからかも知れませんが、前夜のドイツとは違い、ホテルの廊下は狭く、部屋もかなり狭く感じました。それでもシャワーではなく、風呂付きの6階、窓からパリの外景が見られました。

パリ滞在は4日間、ノートルダム大聖堂、エッフェル塔、凱旋門、コンコルド広場等を見学。一晩、ムーラン・ルージュにて豪華なショー。トップレスの美女の踊りに、家内はちょっとしかめっ面。同じテーブルに座った同伴者の4カップルとシャンペンを3本飲みながら、スウェーデンとは違う、フランスの文化を楽しみました。

ムーラン・ルージュ
ムーラン・ルージュ

パリ出発の前日には、ルーブル博物館裏のレストランで昼食。レストランは息子のガールフレンドが半年程パリに住んだ事があり、彼女から紹介されたレストランです。表はチーズ・酒屋なのですが、奥に入ったらレストランとなっています。ホテルを出る前にテーブルを2時に予約しました。中は結構混んでいましたが、常連の客と思われる人達の話し声と共に、旅行者も目立ちました。

レストラン

25年程前両親と来た時は、フランス、パリではほとんど英語が通じなかったのですが、今回はレストランに限らず、店でも英語を話す人が多く、フランス語の少しできる家内が、フランス語で問い出すと逆に英語で返事されたりで、ちょっと驚かされました。

パリからの帰り道には、シャンペンで有名なシャンパーニュ地方で止まり、地下の酒造場を見学。シャンペンを6本購入し新年へと備え、一路スウェーデンへと向かいました。

シャンペン

2012年12月26日
スウェーデン在住、弘前市出身、工藤信彰

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プロフィール

工藤 信彰
Nobuaki Kudo

1949年弘前市生まれ。大学時代に3年程休学し、ヨーロッパを旅したことがきっかけで、大学卒業後スウェーデンに渡る。スウェーデンにてルンド工科大学を卒業し、一般企業へ就職するが、経済学を学ぶため退職しルンド大学経済学部へ入学する。卒業後は1990年~2015年までマルカリド市役所勤務。マルカリド市議会議員(2006年~2018年)を経て、現在は環境党マルカリド党首及び、クロノベリ県議会執行役員を務めている。

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