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第94号 誕生祝いの家族旅行~フェロー諸島~

フェロー諸島での記念撮影

7月の始めノルウェーとアイスランドの間にある北大西洋の島、フェロー諸島に1週間程行って来ました。フェロー諸島の名前は、島国ながらサッカーが強いなどと聞いた事はあるのですが、諸島についてはほとんど知らず、出発2、3ヶ月前に慌ててインターネットで調べたり、旅行ガイドブックを購入し読み出した次第です。真意を書けば、子供達と家内が私に内緒で、おじいちゃんの70歳の誕生祝いにと相談し、家族9人の航空券と宿を予約し、この春先に知らされた次第です。

フェロー諸島は18の島から成り立つデンマーク領の島国、諸島全体の総人口は約5万人、諸島の半数の島々は人口が100人にも満たず、最大の島ストレイモイ島に諸島最大の町トースハウンがあります。ハウンはフェロー語で港の意味、人口は約2万人、諸島の中心地とも言えるでしょう。ストレイモイ島近辺の島々は橋やトンネルでつながれていますが、少し離れた島との連絡はフェリーとなり、便数も人口により少なくなります。我々が借りた一軒家はトースハウンの中心部に近い所にあった3階建ての貸家、島は平地が少なく、傾斜地に住宅が集まっていました。3階からは遠くに海、隣の島が見られ、住宅はそれぞれカラフルな色で、木造、レンガ、セメントが中心で、傾斜が多いからか庭は小さく、そこに花や木が植えられていました。果物はほとんど無く、スーパーで売られていたりんごは本国デンマーク産でした。

フェロー諸島の街並み

住宅の話を続ければ、コペンハーゲンから2時間の飛行で到着し、フェロー諸島飛行場からレンタカー2台で貸家へ行ったのですが、入り口の玄関にはカギがなく、当然カギを掛けられず家主もいませんでした。更に夕方、ブラブラ近所を散歩してみたら、幾つかの住宅では電灯が灯され人が住んでいると思われたのですが、玄関は開けっ放しで、ふっとガイドブックに「泥棒がいない」と書かれていたのを思い出しました。余談ですが、フェロー諸島は大西洋の荒海に囲まれていて、外国人は船か飛行機でしか来れず、簡単には逃げられないので泥棒はいない、警察も少なく治安は良い、島の人々にとっては自然との戦いが大事で、人々は助け合って生きていると書かれていました。なるほど、1週間の旅行中、ただ1人の警察官を見ませんでした。また多くの人々は物静かで、とても親切、スウェーデン以上に金髪の人が多く、旅行者は少なく外国人はあまり見られませんでした。言葉はフェロー語が主で、デンマーク語とスウェーデン語の中間の様な感じで、普通デンマーク語は聞き取りがチョット難しいのですが、人々が親切なせいか、スウェーデン語で話しかけても、分かり易い北欧語(フェロー語)で返事をしてくれ、旅行中会話ではほとんど英語は使わなかった気がします。

フェロー諸島は北大西洋にあるだけに、自然は厳しく、冬の平均気温が3度に対し夏の平均気温は11度、その上風が強く、7月でも帽子、ジャンパー、手袋を常時持っていました。諸島は南北に長い島々で、海岸まではせいぜい5キロの距離、岩と丘から成り立っている感じでした。諸島の平均標高は海抜約300メートル、最高峰が882メートルとの事で、車や船であっちこっち見たのですが、諸島には森、林はほとんど無く、木々が少し植えられている所は市街地や住宅の庭くらいでした。郊外では、大地の起伏に富んだ岩肌と共に、緑の牧草地があり、羊が沢山いました。(フェロー諸島では羊の数が人口の2倍、約10万頭とも言われています。)その羊も白より、茶色、黒が目立ち、特に毛が長いのが特徴でした。その羊達が絶壁で一心に牧草を探し食べている姿は良いのですが、車道にも飛び出して来るので、レンタカーの運転では注意が必要でした。

食事会の様子

食事ではフェロー諸島は捕鯨の習慣があり、鯨肉を食べるとも聞いていたのですが、シーズンオフだったからか、スーパーでは鯨肉は売っていませんでした。島国だけに魚が豊富で、特に諸島で養殖されている鮭と、鱈が中心でした。燻製の鱈もあって、日本のツマミを思い出し、買って食べてみたのですが、味付けがされていなかったので、ちょっとがっかりしました。アルコールの話ではデンマークの様に自由ではなく、スウェーデンと同じく酒屋は国営で、トースハウンの酒屋は中心部から4、5キロ離れた郊外にあり、夕方5時半には閉店でした。フェロー諸島では1992年迄禁酒国だったとも聞きました。もっとも禁酒の話は旅行前から聞いていたので、私は家から日本のウイスキーを、子供達は飛行場で免税酒を、更に数度酒屋でビール等を購入し、旅行中大家族での夕食会には不便はしませんでした。

2019年9月13日
スウェーデン在住、弘前市出身、工藤信彰

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プロフィール

工藤 信彰
Nobuaki Kudo

1949年弘前市生まれ。大学時代に3年程休学し、ヨーロッパを旅したことがきっかけで、大学卒業後スウェーデンに渡る。スウェーデンにてルンド工科大学を卒業し、一般企業へ就職するが、経済学を学ぶため退職しルンド大学経済学部へ入学する。卒業後は1990年~2015年までマルカリド市役所勤務。マルカリド市議会議員(2006年~2018年)を経て、現在は環境党マルカリド党首及び、クロノベリ県議会執行役員を務めている。

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