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第93号 ストックホルムマラソン大会

王ストックホルムマラソン大会

初夏の6月1日土曜日、首都ストックホルムで恒例のストックホルムマラソン大会が行われました。今年で第41回目、昨年は第40回と盛大に行われましたが、今年も世界中から多くのマラソン選手が参加しました。完走者は1万2千353人、内女性が3千556人と報道されました。昨年のマラソン大会では、ストックホルムに住んでいる長女と家内が共に参加しましたが、今年の大会は家内だけで、それでも長女家族を含め筆者も応援に駆けつけました。

昨年の真夏を思わせる暑いマラソン大会とは異なり、今年は少し冷え込みがちで、特に後半、スタートから3時間後には雨が降り、参加者達のずぶ濡れの姿を観戦しながら少し哀れにも感じました。長女と孫とは後半部に場所を待ち合わせて応援しました。もっとも、チビは応援より、通りの水遊びが面白かった様で「おばあちゃんだよ…」と言っても、素早く走りすぎて行く多くのランナー達より、遊びに夢中でした。

応援より水遊びに夢中な様子

マラソン大会はストックホルムの中心部を走るので、都心ではバスの多くがストップし、おかげで地下鉄が大変混み合い、応援の移動は徒歩が中心でした。夕方、ストックホルムに住んでいる長男、長女家族と共にレストランで夕食会をした時、「おじいちゃん、今日はどれくらい歩いたの」と聞かれ、スマートフォンを見たら「15キロ…」、「スゴイ」と褒められたものの、家内はマラソンで42キロを4時間40分で完走、更に長女夫婦はかつてニューヨークマラソンも完走しているだけに、祖父への慰めもあったのではと思いながら、マラソンの話しと共に皆で食事を楽しみました。

今年のマラソン大会では、男性は例年の様にアフリカ勢が優勢で1位と2位はエチオピア人、3~5位はケニア人で、6位にスウェーデン人が入りました。女性では1位がエチオピア人、2位には日本人の山口遥さんが入り、3位以下にスウェーデン女性が大多数を占めました。ストックホルムのマラソン大会のスタートは、1912年に行われた第5回夏季オリンピックが行われたスタジアムの脇で、ゴールにはスタジアム内を1周してゴールインとなります。スタジアムでは多くの観客が応援し、家内に言わせれば、マラソンを完走しスタジアムを1周してゴールインする時は、何とも言えない感じだとの事でした。話がそれますが、確か今年のNHK大河ドラマは、ストックホルムオリンピックにアジアから日本が最初に参加し、マラソンに参加した金栗四三さんの物語だったと思いますが…スウェーデンでは見てないので、チョット分かりません。

王ストックホルムマラソン大会

古いレンガ作りのスタジアムはいまだに残っていて、現在でもマラソン大会に限らず、多くの大会や催し物に使われています。レンガ作りの独特のスタジアムは、当時の面影が強く感じられ、少し離れた隣りの建物が王立工科大学で、今でも入り口の古い建物が残り、その辺の区域は19世紀後半から20世紀初期の、スウェーデン国の発展が感じられるのでした。地下鉄の駅名は、中央駅から2番目が「スタジアム」、その次の駅は「王立工科大学」と由緒があります。

マラソン大会の合間、休憩も兼ねカフェに入りました。昼食も終わった後で少し空いていました。ショーケースを見ると、りんごパイパン「Äppelpajbulle」と書かれたお菓子があり、コーヒーと共に注文しました。 パイやパンと言うより、茹でたりんごと共にクリームがたっぷり入った、固めのケーキの様な感じで、甘みも強く、お腹がいっぱいになるくらいでした。ふっと首都ストックホルムではボリュームのあるパンに人気があるのかなとも思いました。

Äppelpajbulle

2019年7月12日
スウェーデン在住、弘前市出身、工藤信彰

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プロフィール

工藤 信彰
Nobuaki Kudo

1949年弘前市生まれ。大学時代に3年程休学し、ヨーロッパを旅したことがきっかけで、大学卒業後スウェーデンに渡る。スウェーデンにてルンド工科大学を卒業し、一般企業へ就職するが、経済学を学ぶため退職しルンド大学経済学部へ入学する。卒業後は1990年~2015年までマルカリド市役所勤務。マルカリド市議会議員(2006年~2018年)を経て、現在は環境党マルカリド党首及び、クロノベリ県議会執行役員を務めている。

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