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映画ライター・月永理絵の「りんごと映画、時々恋」
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食べ物としてだけではなく、たくさんの側面を持つ果実。物語の中に出てくるそれは、脇役でありながら観る人に強烈な印象を与える。スクリーンの中でもその存在感は変わらず、観る人を惹きつけるーーー。ここでは、映画ライターの月永理絵さんに、数ある映画の中からスポットを当てていただきます。是非、映画と共に観賞してみてください。

Vol.22 りんごと蛇によって導かれる、最高のロマンティックコメディ


『レディ・イヴ』

■誘惑の果実としてのりんご

りんごと聞くと、多くの人が「禁断の果実」のイメージを思い浮かべるはず。手を出してはいけないのに、どうしても手を出さずにいられない。艶かしく誘ってくる真っ赤に輝く丸い果実。起源は、有名なアダムとイヴの物語。二人が暮らすエデンの園には唯一絶対の掟があった。「何を食べてもいいが、この果実だけは食べてはいけない」。禁じられたのは、真っ赤なりんご。だがある日、邪悪な蛇にそそのかされ、二人はついにりんごを口にしてしまう。その結果、アダムとイヴは神の怒りをかい、楽園を追放される。

旧約聖書に記されたこのアダムとイヴの伝説は、映画や小説など、さまざまな物語のなかで使われてきた。実際にはいろんなバージョンの話があるようだが、りんごは誘惑の象徴であり、その誘惑を後押しする悪の使いが蛇、というのが、一般的なイメージだろう。単に美味しい果実を勧めただけで悪者にされてしまった蛇が、少々かわいそうではあるけれど。

■最高のロマンティック・コメディ『レディ・イヴ』

りんごが、ラブストーリーにおいて多用される理由はよくわかる。誘惑のイメージを背負った果実は、恋の駆け引きのアイテムにぴったり。1941年製作の映画『レディ・イヴ』(プレストン・スタージェス監督)もまた、りんご=禁断の果実の物語を巧みに取り入れた、最高のロマンティック・コメディだ。

主人公は、父と共に各地でいかさまをして暮らしている詐欺師のジーン(バーバラ・スタンウィック)と、アメリカ一のビール(正確にはエール)会社の御曹司で、蛇の研究に夢中なチャーリー(ヘンリー)。手練れの女詐欺師と世間知らずの御曹司の組み合わせとくれば、おもしろくならないわけがない。豪華客船を舞台に、凸凹コンビは抱腹絶倒のドタバタ喜劇をくり広げる。

何よりアニメーションで始まるオープニングシーンがいい。シルクハット姿の蛇のキャラクターが木の茂みから登場すると、りんごの形を模したタイトル文字「THE LADY EVE」を掲げてみせる。ユーモラスなオープニングから、この映画が「誘惑」をテーマにした物語であること、イヴという名前の女性が登場し恋の駆け引きを行うことが示される。

■りんごの落下によって幕を開ける恋物語

ただしヒロインの本名は、イヴではなくジーン。石油王の父を持つ裕福な令嬢を装うジーンは、父や仲間とともに豪華客船で旅をしている。もちろん真の目的は旅行ではなく、いかさま賭博のカモを見つけ、お金を稼ぐこと。そこにやってきたのが、世間知らずのチャーリー。南米のアマゾンで長らく珍しい蛇を探す日々を送っていた彼は、久々に家に帰ろうとボートから船に乗り込んでくる。その様子を船のデッキから眺めていたジーンは、彼こそ絶好のターゲットだと見定め、食べていたりんごを彼の頭に落としてみせる。りんごに頭を直撃されたチャーリーはびっくり。わけがわからず慌てる彼の様子が、ジーンにはおかしくてたまらない。

ジーンがチャーリーの頭にりんごを落としたのは何のためだろう。詐欺のカモに印をつけるためか、単なる悪戯心か。どちらにせよ、りんごによって誘惑する女性の姿は、アダムとイヴの有名な伝説を否応なく思い出させる。実をいうと、この映画でりんごが出てくるのは、オープニングのアニメーションと、ジーンによるりんごの落下シーンだけ。それでも私はこれをりんご映画と呼びたい。この最初の落下シーンは実に印象的だし、りんごによって始まり蛇によって演出される恋の駆け引きなんてめったにないのだから。

チャーリーは魅力あふれるジーンにすぐに夢中になるが、女性慣れしていない彼は、奔放な彼女に翻弄されっぱなし。一方のジーンも、どこかずれた性格のチャーリーを相手に悪戦苦闘。部屋で誘惑するはずが、彼が飼っている蛇を見せられ、悲鳴をあげ船の中を駆け回るはめに。それでもどうにか仲良くなった二人は、翌日、一緒に朝ごはんを食べ、急速に心を通わせていく。

■怒涛の展開を見せるドタバタ喜劇

しかし事態は思わぬ方向へ動き出す。最初はチャーリーをいいカモにしようと目論んでいたジーンだったが、彼が本気で結婚を考えていると知り、自分もまた彼に心から惹かれていることに気づく。チャーリーから金を巻き上げようとする父を巧みに阻止し、彼女は彼と結婚しようと決意する。だが、詐欺師親子の正体がバレ、船の到着とともに二人の関係は破局を迎えてしまう。

一方的に別れを告げられたジーンは、怒りのあまり彼への復讐計画を練り始める。そしてついにイヴが登場する。イギリスの令嬢(レディ)・イヴにまんまと化けた彼女は、チャーリーの豪邸で開かれるパーティーに参加し、素知らぬ顔で彼と対面する。当然、ジーンと瓜二つのイヴを目にしたチャーリーは仰天する。だがイヴはジーンの腹違いの妹なのだという真っ赤な嘘を信じ込み、彼女に夢中になる。こうして瞬く間にチャーリーとレディ・イヴの結婚話が進んでいく。

ここからイヴ/ジーンの復讐劇の仕上げが始まる。盛大な結婚式をあげ、ハネムーンの汽車に乗り込んだ夜。狭い汽車の部屋で、チャーリーの頭の上に彼女の荷物が落下した瞬間、イヴ/ジーンは思わず笑いが止まらなくなる。彼女が以前、船のなかでりんごを彼の頭に落とした瞬間を思い出しているのは間違いない。それを打ち明ける代わりに、新婦は、ある告白を始める。その内容に、新郎は目を白黒させ、やがて顔がどんどん青ざめていく。

■女詐欺師とぼんやり御曹司の恋の行方は

何より楽しいのは、映画の尋常ならざるスピードの早さ。97分という上映時間の中で、ジーンとチャーリーの出会いと破局、イヴとチャーリーの出会い(再会)と結婚、そして再びの破局、そしてまた……と、ものすごいスピードで物語が展開していく。そこに、イヴ/ジーン役を演じるバーバラ・スタンウィックの楽しい早口が重なり、見ているこちらは息つく間もなくこの怒涛の恋愛模様に引き込まれる。

これが初のコメディ映画への出演となったヘンリー・フォンダのおとぼけぶりもおかしい。彼は頭の上にりんごや鞄を落とされるだけでなく、何度となくものに躓いては転倒し続ける。チャーリーはよそ見をしては派手に転び、汚した服を着替えてはまた転び、を繰り返す。そのしつこさに、可哀想に思いながらも笑いが止まらなくなる。もうひとつ、ジーンとチャーリー、それぞれの父親役を演じているのが、チャールズ・コバーンとユージン・パレットなのも嬉しい。二人は、私の大好きな映画『天国は待ってくれる』(エルンスト・ルビッチ監督、1943年)でやはり主人公夫婦の父と祖父役をチャーミングに演じていた。

悪巧みがよく似合うイヴ/ジーンと、同じ顔をした二人の女性に誘惑され、翻弄されつづけるチャーリー。りんごと蛇によって始まった物語は、たくさんの罠と誘惑に満ちている。彼女が詐欺師=犯罪者であることを考えれば、「禁断の恋」ともいえる二人の関係は、どこまでも混乱を極めていく。その恋がいったいどんな決着をつけるのかは、映画を見てのお楽しみ。ラストは、オープニングと同じく、シルクハット姿の蛇とりんごを象った「THE END」の文字で幕を下ろす。

『レディ・イヴ』
監督:プレストン・スタージェス
出演:バーバラ・スタンウィック、ヘンリー・フォンダ

2022/4/28

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プロフィール

月永理絵

エディター&ライター。『映画酒場』『映画横丁』などの雑誌や、書籍の編集をしながら、ライターとしても活躍している。大学卒業後に小さな出版社で働く傍ら、映画好きが高じて映画評の執筆やパンフの編集などをするように。やがて会社を退職し、現在はフリーランスで活動中。青森市出身で、現在は東京都在住。

映画酒場編集室  http://eigasakaba.net/

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