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映画ライター・月永理絵の「りんごと映画、時々恋」

食べ物としてだけではなく、たくさんの側面を持つ果実。物語の中に出てくるそれは、脇役でありながら観る人に強烈な印象を与える。スクリーンの中でもその存在感は変わらず、観る人を惹きつけるーーー。ここでは、映画ライターの月永理絵さんに、数ある映画の中からスポットを当てていただきます。是非、映画と共に観賞してみてください。

Vol.1 アメリカ映画とりんごのパイ

古き良きアメリカなんて、そんなもの、小説や映画やテレビドラマの中の理想化された姿にすぎない。そうわかってはいるのに、やっぱり憧れてしまうのだからしかたがない。では「古き良きアメリカ」の象徴といえばなんだろう? まず浮かぶのは、ジュークボックスを備えた昔ながらのダイナーレストラン。そこで食べるのは、ハンバーガーやステーキ、ビール。それからもちろんアップルパイも。でも、アップルパイなら、ダイナーで食べるより、できたての家庭の味も捨てがたい。家のオーブンでつくってもらう、ほかほかのアップルパイ。ローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』(1932年)に出てきそうなイメージといえばいいだろうか? 実際には、ローラの家ではなくて、彼女が夫アルマンゾの少年時代について書いた『農場の少年』(1933年)にこそ、アップルパイが象徴的に登場した気がするけれど。

アップルパイ

さて、この連載は「りんごと映画」がテーマなので、アップルパイが登場する映画には何があるだろう、と考えてみた。「古き良きアメリカ」といえば、私の中では1950年代前後のイメージだが、それより少し前、西部開拓時代(1860〜1890年頃)を描いた映画に、アップルパイがよく登場する気がする。そもそも、西部劇には印象的な食事場面がよく登場する。たとえば、ジョン・ウェインが主演の有名な西部劇『駅馬車』(ジョン・フォード監督、1939年)にはたっぷりと煮込んだ豆料理。一台の駅馬車に偶然乗り合わせた、娼婦からお尋ね者、賭博士、飲んだくれの医者など、個性豊かな面々。途中下車した宿屋での食事の場面で出される豆料理に、みんなは「毎日毎日、豆料理ばっかりだ!」と嘆いていたが、お皿にたっぷりと盛られた煮込みは十分美味しそう。ジョン・ウェインが主演した映画といえば、『赤い河』(ハワード・ホークス監督、1948年)も捨てがたい。こちらに登場するのは、美味しそうなビーフシチュー。この映画は、たくさんの肉牛を連れてアメリカを横断するカウボーイたちの話なので、今度は「ああ、毎日毎日ビーフシチューで飽き飽きだ!」なんて声が聞こえてくるからおもしろい。

こんなふうに、西部劇にはいかにもアメリカらしい食事がたびたび登場する。それならアップルパイだって出てきそうなものだが、探してみるとなかなか見当たらない。ひとつだけ、思い出した映画がある。西部劇とはちょっと違うが、スタインベックの小説をジョン・フォードが映画化した『怒りの葡萄』(1940年)。この映画が語るのは、世界恐慌の影響下にある1930年代、長年暮らしてきた農地を追い出されたオクラホマ州の農民一家ジョード家が、遙か彼方のカリフォルニアへ向かい、新たな生活を打ち立てようとする物語。

怒りの葡萄
怒りの葡萄
ブルーレイ発売中
¥1,905+税
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
※©2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

当時の農民たちの苦しい生活をリアルに描かれた作品だが、果物の名前がたびたび話題にあがるのが印象的だ。たとえば、ジョード一家が旅に出る前、主人公トムの祖父が新天地への夢を語る場面がある。
「カリフォルニアに行けばオレンジ摘みの仕事がある。そしたらオレンジを山ほど食べられるんだ! それに葡萄だって。ああ、葡萄を足で踏みつぶし、その果汁を顔いっぱいに浴びられたらなあ!」恍惚とした表情で語る彼と、それを黙って聞く家族たち。彼らにとって、果物がいかに貴重な食材だったのかがよくわかる。一家の食卓を担う母は、シチューをはじめ家族みんなの食事を用意するが、アップルパイが出てくる気配はない。新鮮なりんごなど、とても彼らの手には入らないのだろう。

ボロボロの中古車での長旅は想像以上に過酷だ。途中、食事を買いに立ち寄ったダイナーで、彼らが、周囲の人間たちからどう見られているのかがさらりと描かれる。女主人と常連客が楽しげに会話をしているところへ、トムの父とその子どもたちが帰ってくる。店の人たちは、突然現れた身なりの汚い彼らにぎょっとした表情を見せる。「10セントでパンを売ってくれないか」と頼む男に、女主人は「パンは15セントなのに」とぶつぶつ文句を言うが、奥で料理をしていた夫が「いいから売ってやるんだ」と一括する。だがそんな女主人も、最後には、彼らの哀れさに思いがけぬ優しさを見せてくれる。このとき、無言で一部始終を眺めていた常連客が、たしかアップルパイを食べていたはず。と思ったが、見直してみたら、実際に食べていたのはバナナパイ。「コーヒーにパイも一緒にどう?」「いいね、頼もうか」「バナナパイ? チョコレートパイ? それともアップルパイにする?」という女主人と客のやりとりが記憶に残っていたのかもしれない。ともかく、サンドウィッチを買うこともできず、10セントに負けてもらったパンを買う男を横目に、それなりに余裕のありそうな地元客が、果物がたっぷりとのったパイを気まずそうな顔で食べているのが印象的だった。

ドラマ『ツイン・ピークス』(1990〜1991年)のチェリーパイはファンには有名なアイテムだが、アメリカの地方都市のダイナーで、コーヒーと一緒に食べるアップルパイもいい。『ブロークバック・マウンテン』(アン・リー監督、2005年)で、ヒース・レジャー演じるイニスが、ダイナーでアップルパイを食べているシーンがあった。疲れ果てた中年となったイニスがつつくそれは、決して美味しそうには見えない。でも、ペシャンコに潰れたアップルパイだからこそ、見た人の記憶に残るのだ。不寛容な時代と環境のなかで、同性愛の関係をひた隠しにしなければいけなかったイニスとジャック。イニスは、結婚も、仕事も思うようにいかず、先妻との間にできた娘たちへの養育費を支払うため、トレイラーハウスに暮らしながら必死で働かなければいけない。そんなふたりの悲しいカウボーイの生き方と、ダイナーの惨めなアップルパイが、どこかつながって見えてくる。

2018/10/26

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プロフィール

月永理絵

エディター&ライター。『映画酒場』『映画横丁』などの雑誌や、書籍の編集をしながら、ライターとしても活躍している。大学卒業後に小さな出版社で働く傍ら、映画好きが高じて映画評の執筆やパンフの編集などをするように。やがて会社を退職し、現在はフリーランスで活動中。青森市出身で、現在は東京都在住。

映画酒場編集室  http://eigasakaba.net/

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