映画ライター・月永理絵の「りんごと映画、時々恋」
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食べ物としてだけではなく、たくさんの側面を持つ果実。物語の中に出てくるそれは、脇役でありながら観る人に強烈な印象を与える。スクリーンの中でもその存在感は変わらず、観る人を惹きつけるーーー。ここでは、映画ライターの月永理絵さんに、数ある映画の中からスポットを当てていただきます。是非、映画と共に観賞してみてください。

Vol.6 りんごに齧りつく女たち


『白雪姫と鏡の女王』より
© 2019「さよならくちびる」製作委員会

アメリカ映画をよく見ていたせいか、小さな頃、りんごをまるごと囓ることに憧れた。家では毎日のようにりんごを食べていたけれど、食べるときは皮を剥き、8等分に切るのが普通だった。ある日、今日こそは、と子供心に決意し、真っ赤なそれにがぶりと齧りついたときはドキドキと心が踊った。でも実際に試してみると、一個を食べきるにはりんごはあまりに立派すぎて、これは切り分けて少しずつ食べるほうが美味しいな、と合点がいった。ナイフを使わずかぶりつくならもっと小ぶりなものがいい。手のひらにすっぽりおさまるくらいの小さなサイズ。アメリカの高校生のランチボックスに入っているような青りんごとか、セザンヌの静物画でお皿いっぱいに載っている赤や黄色のりんごとか。そういえば最近東京のスーパーでは、ニュージーランド産の小さな「ジャズりんご」もよく見かけるようになった。

■女の友情物語『美人が婚活してみたら』

最近見た二つの日本映画のなかで、りんごに齧りつく女性たちがいた。ひとつは、ネットで話題のエッセイ漫画を映画化した『美人が婚活してみたら』(大九明子監督)。主人公は、常々「美人」だと周囲からいつも言われている三十歳前後の独身女性タカコ(黒川芽以)。長い不倫関係を解消したばかりのタカコが、ある日突然「私、結婚したい」という強い思いに駆られるところから映画は幕を開ける。彼女は婚活サイトや結婚相談所など、あらゆる手段を使って結婚相手にめぐり会おうと奮闘するが、婚活は思うように進まない。幾人かの男たちとの出会いを繰り返したあと、「私はなぜ結婚したいのか」という根本的な問いに彼女が向き合わざるをえなくなるまでを、コメディタッチで描いていく。

タカコは、いつも自分の婚活の様子を親友のケイコ(臼田あさ美)に相談する。すでに結婚しているケイコは、親友が右往左往する様をおもしろがりながらも、「結婚したからって幸せになるわけじゃないけどね」と投げやりに呟いている。ある日、家に遊びにやってきたタカコは相変わらず婚活の成果を話しつづけるのだが、話を聞きながら、ケイコは大きなりんごをせっせと紙袋に詰めている。ずいぶんと量が多いので、姑か親類からもらったのかもしれない。夫とふたりでは食べきれないので友達におすそ分けしようとしているらしいが、やがて彼女はがぶりとりんごに囓りつく。それはずいぶん大きく立派なもので、こんなに思いっきり齧りついて残りはどうするつもりだろう、と少し心配になった。逆に言えば、だからこそ彼女の滑稽さが際立つシーンともいえる。後先考えずにとにかくかぶりついてみました、というやけくそさ。彼女の様子を見ていたタカコも、突然そんな行為に出た親友を「何やってんの…?」と若干怯えたように眺めていた気がする。

『美人が婚活してみたら』は、一見、女性の主人公が男たち相手に恋をしては破れて、をくりかえす恋愛コメディだが、実はタカコとケイコというふたりの女性たちの友情物語でもある。ふたりはいつも居酒屋でビールや美味しそうなおつまみを食べながら、ぐだぐだと愚痴や笑い話をくり返す。正直に言うと、映画を見ながら、「美人」とか「婚活」という言葉が頻発されることに少し辟易してしまうところもあったのだけれど、女たちのテンポのよい会話や威勢のいい喧嘩には強く引きつけられた。どうしようもない男たちとの恋愛よりも、女たちの友情劇のほうがよっぽど楽しく、わくわくした。

■音楽ロードムーヴィー『さよならくちびる』

『スノーホワイト』より
© 2019「さよならくちびる」製作委員会

もう一本のりんごが登場する映画は、『さよならくちびる』(塩田明彦監督)。こちらも女ふたりの友情劇。正確には、音楽ユニットを組んでいるふたりの若い女の子と、彼女たちをサポートする付き人の男の物語だ。インディーズでそこそこの人気を得たものの、すでに解散を決意している人気デュオ「ハルレオ」のふたりは、付き人のシマ(成田凌)と3人で、最後の全国ツアーへと出かける。作詞作曲を手掛けるハル(門脇麦)と、ハルに誘われて歌い始めたレオ(小松菜奈)との関係は、今ではかなり険悪な様子。ツアーの道具を積んだ車の中でも、口を開けば喧嘩ばかり。後部座席でレオがハンバーガーにかぶりつけば、「車内は飲食禁止なんだけど」とハルが鋭く言い放ち、「その前に車内禁煙なんだけど」と煙をぷかぷか吐き出すハルをレオがにらみ返す。そんなふたりをなだめつつ、シマは半分諦めたようにため息をつく。

女二人と男一人の解散ツアーは、ギスギスとした雰囲気を抱えながら、三重、大阪、新潟、山形、弘前、函館へと続いていく。各地でのライブの模様を経由しながら、3人のそれぞれの過去が回想される。ハルが、働いていた工場で初めてレオに声をかけた日。「音楽やらない?」というハルの突然の提案に驚きながらも、彼女と一緒にいるためにギターを練習し始めたレオ。ふたりの音楽に魅せられ、もう一度人生をやり直したいと付き人になったシマ。だが順風満帆に進む彼女たちの音楽活動は、ふとしたすれ違いから、徐々に亀裂が生じ始める。どうして彼女たちの関係は壊れてしまったのか。この関係は修復されるのか。そんな緊張を孕みつつ、解散までのカウントダウンは徐々に近づいていく。

この映画はまっすぐなほど真面目な青春映画で、彼女たちの口から吐き出されるストレートな台詞の数々に、少しだけ気恥ずかしくなる。触れあいそうで触れあわない身体の微妙な距離にやきもきする。吐き出される煙草の煙に、ぐしゃりと潰されるビール缶の音に、何かが爆発しそうな気配を感じ、ヒヤリとする。それでもともかく旅は続いていく。不機嫌で孤独な女の子たちのロードムーヴィー。それはあまりにもまっすぐで、でもどこか間の抜けた旅でもある。

■人がりんごに囓りつきたくなる瞬間

『スノーホワイト』より
© 2019「さよならくちびる」製作委員会

『さよならくちびる』の冒頭、つまりツアーが始まってすぐのこと、車の助手席に乗ったハルががぶりと赤いりんごに囓りつく。ちょうどさっき、ハル自身が「飲食禁止」と言っていたばかりなのに。こちらもやはり大きく立派なりんごだ。そんな大胆にかぶりついたら、果汁が垂れて手もベタベタになりそう、と変なところにハラハラする。実際のところ、このシーンはほんの一瞬で終わってしまうので、ハルがどうしてりんごを囓っていたのかはよくわからない。ただ単に、小柄な女の子がりんごにかぶりつく様がかっこいいからと作り手が考えただけかもしれない。ハンバーガーやビールなど、身体に悪そうなものばかり口にしているレオとは別のものを、と思ったのかもしれない。とにかく、助手席で足を無造作に投げ出しながら、勢いよくりんごに囓りつく彼女はかっこよかった。なんだか投げやりで、お腹が満たせれば何でもいい、なんて感じで。彼女なら、あの大きなりんごも丸々一個食べ尽くしてしまいそうだ。

『美人が婚活してみたら』では、途中から、タカコとケイコの関係に暗い影が差し始める。ただ「結婚したい」とだけ繰り返すタカコに、夫や姑との関係に言い様のないストレスを抱えているケイコは苛立ち始める。互いに相手を羨み、ちょっとだけ相手を見下している。そんな微妙な友情関係はちょっとした一言で壊れてしまう。ちょうどりんごのシーンが登場した後くらいから危ない雰囲気が出てきた気がするが、やはりケイコのやけくそな気分が、このあたりからにじみ出していたのだろうか?

『さよならくちびる』と『美人が婚活してみたら』は、微妙な距離感を保つふたりの女性たちの物語。そしてどちらの映画でも、不満げな顔をした女が、もう一方の目の前でりんごにむしゃぶりつく。映画のストーリーに大きく関係しないちょっとした1シーンなのに、ふて腐れた顔をした彼女たちの顔が、なぜか印象に残る。それは彼女たちの大胆さが実にかっこよく見えるからだ。皮も剥かず、切り分けたりもせず、ただ大きくて赤い塊を手でしっかりと握りしめて。本当に一個食べきれるかとか、手が汚れるんじゃないかとか、そんな冷静な考えはどこかへ消えて、ただ口を大きく開けてむしゃりとかぶりつく。もしかすると、イライラしてやけくそな気分になったとき、人はりんごに囓りつくのかもしれない。そして私は、彼女たちのやけくそさに惹かれてしまう。

■孤独な女の物語『紙の月』

もう1本別の日本映画を思い出す。角田光代の小説を映画化した『紙の月』(吉田大八監督)。真面目で平凡な生活を送っていた主婦の梅澤梨花(宮沢りえ)が、ふとしたきっかけから勤め先の銀行で横領に手を染め、やがて人生が大きく変化していく。彼女がなぜ横領をするようになったのか、その発端は、ほんの出来心。高価な化粧品を買おうとしたが手持ちのお金がなく、顧客から預かった現金を一瞬借りるだけ、後からすぐに返せば何の問題もないのだから…。そんな小さな出来心が、やがて若い愛人に貢ぐために数百万を横領することになり、その額は次第に膨れ上がっていく。高価な衣服と化粧品、高級ホテルでの豪遊、愛人のために用意したアパート、エスカレートする欲望は止まらず、やがて周囲から不審な目で見られるようになる。

最後の最後、彼女がりんごに齧りつくシーンが印象に残る。こちらは先に紹介した2作品とは異なり、青い、小さなりんご。残念なことに彼女には、それを呆れた顔で見つめてくれる女友達はいないようだ。泣きそうな顔でりんごを食べる彼女はひどく孤独で、でもしっかりと前を見つめていた。彼女がどこでどんなりんごを口にするかは、映画を見てのお楽しみ。

2019/8/16

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プロフィール

月永理絵

エディター&ライター。『映画酒場』『映画横丁』などの雑誌や、書籍の編集をしながら、ライターとしても活躍している。大学卒業後に小さな出版社で働く傍ら、映画好きが高じて映画評の執筆やパンフの編集などをするように。やがて会社を退職し、現在はフリーランスで活動中。青森市出身で、現在は東京都在住。

映画酒場編集室  http://eigasakaba.net/

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