Vol.10 西部の早撃ちガンマンが、りんごを撃ち落とす
■スクリーンでの醍醐味を味わうなら、懐かしのマカロニ・ウェスタン
私が住む東京では、連日、めまぐるしい日々が続いている。新型コロナウイルスの影響は、映画業界にももちろん降りかかった。緊急事態宣言に伴い都内の映画館はほぼ全館休業。新作映画も次々に公開延期が発表された。いったい休業補償はどうなっているのか。このままでは映画館も配給会社もどんどん潰れてしまうだろう。補償を伴わない自粛要請ばかりをつきつける国や都への怒りに燃える今日この頃。もちろん映画館通いも当分はできないわけで、仕方がないとは思いつつ、どんどん暗い気分に襲われる。
不安や苛立ちは消えないものの、こんな時期には、せめて映画館での体験を思いだし感傷に浸りたい。そう思い、最近見た映画で「これぞスクリーンで見る醍醐味!」と感動した作品を思い返してみる。するとすぐにある作品が頭に浮かんだ。セルジオ・レオーネの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(1968年/旧邦題『ウエスタン』)。まだウイルス騒ぎが起こる前、新宿の映画館で公開され、その後全国を巡回していたこの作品。まさにスクリーンで見なければ本当の魅力はわからない、そんな映画だった。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』の舞台はアメリカ西部アリゾナ州、出演者の多くもアメリカの俳優たちだが、監督のレオーネはイタリア人、製作国もイタリアだ。実は1960年代から70年代にかけて、イタリアの映画製作者たちが次々に西部劇をつくりだしていた。アメリカの西部劇を真似、スペインなどの荒野で撮影されたこの異色の西部劇は、マカロニ・ウェスタン(スパゲッティ・ウェスタン)と呼ばれ、一つのジャンルを作りだした。日本では、クリント・イーストウッド主演の『荒野の用心棒』(1965年)からマカロニ・ウェスタンブームが始まったとも言われている。マカロニ・ウェスタンと言っても、製作本数があまりに多く全体を把握するのは難しい。私自身、有名な作品を数本見ただけだが、その特徴を簡単に表すなら、暴力描写はたしかにリアル、でもとにかくすべてが過剰な映画。悪党が支配する寂れた街にやってきたアウトローの主人公が、銃を片手に悪人たちと対決する。主人公は、稀代の早撃ちガンマンだったり、棺桶にガトリングガンを入れて引きずり歩いていたり、キャラクター描写が少々過剰気味。でもかつてのアメリカの西部劇とは異なり、主人公が必ずしも善人とは限らず、過去のトラウマや影を抱えていたりと、善悪の描写は実にリアリティに満ちている。
■迫力満点の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』もそんなイタリア製西部劇に属する一作。監督のセルジオ・レオーネはこの当時すでにマカロニ・ウェスタンの代表的監督として知られていたが、本作はそれまでよりさらに予算をかけた大作時代劇となった。謎に包まれた早撃ちガンマンの主人公をチャールズ・ブロンソンが、そしてアメリカ製西部劇の大スターでもあったヘンリー・フォンダが、鉄道会社に雇われた謎の殺し屋という恐ろしいまでの悪役を生き生きと演じている。
一家団欒を襲う凄まじい銃撃。列車に乗ってやってきた謎の男。鉄道をめぐる陰謀。開拓時代のアメリカ西部を舞台に繰り広げられる、男たちの陰謀と闘争。そんな男たちの戦いに巻き込まれていく元高級娼婦の女を、イタリア女優クローディア・カルディナーレが優雅に、たくましく演じている。黒いドレスを身にまとった彼女が汽車から降り立った瞬間、会場から思わずほうっと溜息が漏れた気がする。広い荒野に点々と立つロングコートを着た男たちにもしびれた。対決シーンでは贅沢なほどゆっくりと時間をかけられ、カメラは一人一人の顔を大写しに捉えていく。エンニオ・モリコーネの荘厳な音楽が大仰さにさらに拍車をかける。いよいよ最後の対決の時、チャールズ・ブロンソンの顔がこれでもかとアップになる場面には思わず笑ってしまうが、このとんでもないクローズアップを大スクリーンで目撃できるだけでも、この映画を見る価値がある。
東京では、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』が公開された後に、セルジオ・レオーネと並ぶマカロニ・ウェスタン監督であるセルジオ・コルブッチの怪作『続・荒野の用心棒』(1966年)も公開され、ちょっとしたマカロニブームに湧いていた。ただし「続」とあるのは邦題の都合であり、イーストウッドが主演した『荒野の用心棒』とは何の関係もない。単に前作のヒットにあやかろうとした日本側の配給の都合らしい。こうした適当さもマカロニ・ウェスタンの醍醐味と言えるかもしれない。
■イーストウッドがりんごを撃ち落とす『夕陽のガンマン』
さて、ではマカロニ・ウェスタンに、りんごが出てくる映画はあるだろうか? 探してみるとある作品を発見した。セルジオ・レオーネ監督『夕陽のガンマン』(1965年)。イーストウッドが賞金稼ぎモンコ役を演じた作品。モンコのライバル的存在となるのが、リー・ヴァン・クリーフ演じるモーティマー。どちらも悪党を捕まえ金を稼ぐ、アウトローの賞金稼ぎ。二人は、脱獄したばかりの悪党インディオ一味を捕まえようと狙いをつける。普段は一匹狼のモーティマーとモンコだが、仲間を引き連れたインディオはかなりの強敵。しぶしぶながらも、ここは一度手を結ぶことにする。モーティマーのたてた計画はこうだ。まずは銀行強盗を企むインディオ一味にモンコが仲間入りする。味方のふりをし強盗計画の詳細を聞き出した後、現場へやってきた一味を二人で一気に捕らえようというのだ。
完璧な作戦のはずだったが敵もさるもの。モーティマーや警察の裏をかき、まんまと銀行強盗を成功させてしまう。インディオの計画を見抜けず遅れをとった二人は、新たな作戦をたてる。「インディオには、北へ向かうよう伝えるんだ。そこで先回りした俺たちで挟み撃ちにしてやろう」。モーティマーの新たな提案に、モンコは渋々ながらも従うそぶりを見せる。だが実際にインディオと合流したモンコは、先ほどの指示に逆らい南へ行くよう提案する。それを聞いたインディオの答えは「いや、南は不吉だ。東へ行こう」。こうしてモンコとインディオ一味は東の街へ向かう。
モーティマーを出し抜き東の街へやってきたモンコ。だがまだモンコを信用していない仲間たちは「まずはお前が一人で街へ行き、様子を伺ってこい」と命令する。この街の人々がよそもの嫌いだと知っていて、わざと彼を先に行かせたのだ。さて仲間たちの魂胆を知ったモンコは、自分の力をまず街の人々に見せつけようと考える。銃の腕前には自信のある彼は、遠くの木の下でりんごを取ろうと背伸びをする男たちの姿を見つけ、銃をかまえる。銃声が響き、木の上からぼたり、ぼたりと、りんごが落ちてくる。りんごを3つ撃ち落としたのは、もちろんモンコ。得意の早撃ちの腕前を見せつけ満足していると、突然、上方からもう一発銃声が響く。急なできごとに慌て、あたふたとりんごを集める町民たち。モンコは、銃声の主を見上げうんざり顔。いつのまにか先回りしていたモーティマーが、屋根の上からもう一個のりんごを撃ち落としたのだ。モンコの裏切りなど、とっくに見抜かれていたというわけだ。一方のモーティマーは、してやったり、という顔でそんなモンコを見つめている。
仕方なく再び手を組むことにしたモンコとモーティマー。二人はインディオたちが銀行から盗んだ金を横取りしようとするが、これまたまんまと捕まってしまう。ここで盗んだ金を隠す際もりんごの木が活躍する。さて、金を隠したはいいが、捕らえられた二人はこの先どうなるのか。はらはらする展開を見守るうち、モーティマーの過去も徐々に明らかになる。元は名のある軍人だった彼が賞金稼ぎに身を落としたのはなぜなのか。どうしてこれほどインディオに執着するのか。そして最後にりんごの木から金を取り戻すのは果たして誰なのか。
いつか大きなスクリーンで見られる日を心待ちに、今はこれら迫力満点の西部劇に思いを馳せたい。
2020/4/24