映画ライター・月永理絵の「りんごと映画、時々恋」
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食べ物としてだけではなく、たくさんの側面を持つ果実。物語の中に出てくるそれは、脇役でありながら観る人に強烈な印象を与える。スクリーンの中でもその存在感は変わらず、観る人を惹きつけるーーー。ここでは、映画ライターの月永理絵さんに、数ある映画の中からスポットを当てていただきます。是非、映画と共に観賞してみてください。

Vol.7 デンマークから生まれた奇妙なりんご映画


『アダムズ・アップル』<br>10月19日(土)より新宿シネマカリテにて公開後、全国順次公開<br>監督・脚本:アナス・トマス・イェンセン<br>出演:マッツ・ミケルセン、ウルリッヒ・トムセン<br>© 2005 M&M Adams Apples ApS.<br>公式サイト:https://www.adamsapples-movie.com/
『アダムズ・アップル』
10月19日(土)より新宿シネマカリテにて公開後、全国順次公開
監督・脚本:アナス・トマス・イェンセン
出演:マッツ・ミケルセン、ウルリッヒ・トムセン
© 2005 M&M Adams Apples ApS.
公式サイト:https://www.adamsapples-movie.com/

映画のなかで、私たちは知らず知らずにりんごの姿を目にしている。食卓の上に当然のように置かれていることもあれば、登場人物がランチやデザートに齧り付くこともある。前にもこのコラムで書いたが、アメリカの学校の教卓には、しばしばりんごやそれをモチーフにした置物が置かれている。日本映画ではあまり見かけないと思っていたけれど、探してみると案外と登場回数が多い。では他のアジア映画ではどうだろう。中国のジャ・ジャンクー監督が監督した『罪の手ざわり』(2013年)という映画では、男が自分の子ども相手にナイフでりんごの皮を剥いてあげる場面が出てくる。また別の場面では、飛行機に乗ろうとした男が空港警備員に「ナイフは機内に持ち込めませんよ」と注意され「これがなければ旅先でどうやってりんごを食べたらいいんだ」と文句を言っていて可笑しくなった。たしかに旅に果物ナイフを持参すれば、旅先でその土地の新鮮な果物を食べることができる。映画そのものは、否応なく犯罪や暴力に導かれる人々を描き、緊張感に溢れている。けれどこうしたちょっとしたシーンにりんごが登場し、見ているこちらの心も緩んでしまう。

■デンマーク製、りんごのコメディ映画

さて、先日まさにりんごが主役ともいえる映画を発見した。何よりタイトルからしてふるっている。その名も『アダムズ・アップル(アダムのりんご)』。『罪の手ざわり』のシリアスさとはまったく違う、不思議な魅力にあふれたダークコメディだが、こちらもかなり理不尽な暴力に溢れた映画。

『アダムズ・アップル』<br>© 2005 M&M Adams Apples ApS.
『アダムズ・アップル』
© 2005 M&M Adams Apples ApS.

『アダムズ・アップル』は2005年製作のデンマーク映画で、日本では今年の10月から東京を皮切りに初めて公開される。主人公は刑務所から仮釈放されたばかりのアダム。スキンヘッドでがっしりとした体つきのアダムは、危険なネオナチズム信奉者。そんな彼を身元引受人として受け入れるのが牧師のイヴァン。最近では『スター・ウォーズ』シリーズをはじめハリウッド大作でも活躍するデンマーク出身の人気俳優マッツ・ミケルセンが演じている。田舎の教会をひとりで運営するイヴァンは、アダムのような仮釈放中の者たちを教会に住まわせ更生までの面倒を見ているらしい。だがアダムにはまったく更生の意思はない。有色人種や移民たちへの差別心を隠そうともせず、与えられた部屋にすぐにヒトラーの写真を大切に飾る始末だ。

アダムが日常生活に戻るためには、教会での更生プログラムに参加するしかない。不本意ながらもプログラムに従うアダムは、イヴァンから「ここにいる間に君が取り組むべき目標は?」と尋ねられ、「ここの庭の生えてるりんごを使ってケーキをつくることだ」と適当な答えを返す。たしかに教会の庭には立派なりんごの木が生えている。とはいえどう見てもその場しのぎの答えにすぎないのだが、イヴァンは満足そうに頷き「君がアップルケーキをつくれるよう応援しよう」と快活に答える。

『アダムズ・アップル』<br>© 2005 M&M Adams Apples ApS.
『アダムズ・アップル』
© 2005 M&M Adams Apples ApS.

教会の庭の木には、少し黄色がかった赤いりんごが見事に実っている。デンマークではりんごがよく食べられていて、デザートだけでなく食事にもたくさん使うという。煮込んだりんごをスープにしたり、炒めて肉料理に添えたり、ときにはジャム状にした煮りんごにミルクをかけて朝食にもする。映画のなかでは残念ながら調理場面は出てこなかったが、皮を剥かずそのまま齧り付いたり、ナイフで小さく切って食べている様子はいくつか映り込んでいた。デンマークでよく食べられる伝統的なりんごのケーキは、オーブンで焼かずにつくるスタイルのようだ。ただしこの映画でアダムがつくろうとするのは、しっかりとオーブンで焼いたケーキ。パイではなくケーキ、と言うからには普通のアップルパイとはまた違うのだろう。

■教会に集う風変わりな人々

『アダムズ・アップル』<br>© 2005 M&M Adams Apples ApS.
『アダムズ・アップル』
© 2005 M&M Adams Apples ApS.

映画の導入部分だけを見れば、悪人アダムが善人イヴァンに導かれて更生し最後は見事に美味しいアップルケーキをつくりあげる……そんな感動物語をまず想像した。だがどうも様子がおかしい。原因はイヴァンのキャラクター。常に明るく前向きだが、アダムの話をろくに聞かず話を進めていく彼はどこか独善的にも見え、善行を施す敬虔な聖職者のイメージにはそぐわない。教会で暮らす前科者たちも奇妙な者ばかりだ。「彼らは無事更生した」というイヴァンの言葉とは裏腹に、パキスタン移民のカリドは明らかに何らかの犯罪を企てているし、元天才テニスプレイヤーだという料理担当のグナーは常に酒を飲んだくれ、たちの悪い盗癖を隠そうともしない。いったいこの教会はどうなっているんだと、観客はもちろん、悪党のアダムですら戸惑いを隠せない。

アダムは教会での更生プログラムを適当に切り上げ、再びネオナチの活動に戻ろうと企んでいる。だがケーキをつくろうと決めた途端、順調に育っていたはずのりんごの木に次々と難題が持ち上がる。まずはカラスの襲撃。大量のカラスが木に集まり、次々にりんごの実を食い荒らすのだ。なんとかカラスを追い払ったかと思えば次は虫の襲撃。ケーキを焼くオーブンが突然故障し、さらに次は……。というように次々に問題が襲いかかり、アダムのアップルケーキづくり計画は遅々として進まない。もともとケーキづくりなどどうでもいいアダムは怪訝に思いながらも事態を重く見ていない。一方イヴァンは「これは悪魔の仕業だ。君がケーキをつくるのを悪魔が邪魔してるんだ」と神妙に語る。つまりアダムがアップルケーキをつくり更生するのを邪魔するため悪魔が数々の試練を課している、というわけだ。「さあ一緒に悪魔の試練を乗りこえてケーキをつくろうじゃないか」と説教するイヴァンの話を、アダムはばかげていると鼻で笑い飛ばそうとするが、たしかにこれほどりんごの木にばかり災厄が降りかかるのも妙だと首をかしげる。

イヴァンには、すべてを悪魔の仕業にすると同時に、目の前で起きた現実を認めないという奇妙な性質がある。アダムや他の前科者たちが更生していないことは誰の目にも明らかなのに、イヴァンだけが、事態はすべて順調だと強引に言い張ってみせる。その様子は前向きで楽観主義と言えなくもないが、それにしても彼の快活さは異常で、最初は笑っているこちらも次第に不気味になってくる。どうやら彼には壮絶な過去があり、不幸な境遇を生き延びるために、現実の見たい部分だけを見る奇妙な術を身につけたらしい。そんな彼に苛立つアダムは、現実の悲惨さをイヴァンに認めさせようと躍起になる。だがイヴァンをはじめ教会を取り巻く人々は、アダムが何を言っても話が通じない。

■アダムのアップルケーキの行方

盲目的に神を信じ、現実を直視しようとしないイヴァン。神も他人も信じず、暴力とファシズムを頼りに生きてきたアダム。一見すれば、イヴァンはか弱い善人でアダムは屈強な悪党だ。でも不思議なことに、常に溌剌としたイヴァンの顔がだんだんと恐ろしく見えてくる。それは、イヴァン役を演じるマッツ・ミケルセンが他の数々の出演作で見せる冷酷な悪役のイメージがつきまとうせいなのか。

『アダムズ・アップル』<br>© 2005 M&M Adams Apples ApS.
『アダムズ・アップル』
© 2005 M&M Adams Apples ApS.

一方で、イヴァンやカリド、グナーたちとのかみ合わない会話に「お前たちの言ってることはおかしい」と指摘するアダムこそ一番まともな人間に思えてくる。もちろんナチスを信奉しすぐに暴力を振るう彼が悪党ではないはずはないし、右の頬を打たれて左の頬を突き出すイヴァンはキリストの教えに従う善人のはず。道理の通らないイヴァンの言動に振り回されるうちあらゆる価値観が入れ替わるようで、何が正しく何が間違いなのかこちらの頭もこんがらがっていく。混乱のなかで、イヴァンがなぜ現実を直視しようとしないのか、その明るさの裏に隠された苦悩も徐々に見えてくる。

映画は、キリスト教をモチーフにしたテーマに溢れている。「アダムのりんご」というタイトル自体が『旧約聖書』にある「アダムとイブ(エバ)の物語」を思い起こさせるし、牧師であるイヴァンは、神や悪魔といった言葉をたびたび口にする。『旧約聖書』の「ヨブ記」が映画の重要なテーマであることも間違いないようだ。そうしたキリスト教的テーマで読みとけば、この映画の不思議さがより解明できるはず。でもそうした宗教的な知識がなくたって、このブラックユーモアに満ちたドタバタ喜劇を十分に楽しむことはできる。映画には、過激な暴力が溢れている。イヴァンは何度も手ひどく殴られるし、誰もが簡単に銃をぶっ放す。教会にはアダムの仲間であるネオナチ軍団が押しかけ、りんごの木とオーブンには次々と激しい災厄が襲いかかる。そのどれもが妙に間が抜けていて、呆れながらも笑ってしまう。

噛み合わないアダムとイヴァンの会話はどうすれば成立するのか。どこかおかしい人たちが集まる教会の未来はどうなるのか。果たしてアダムのアップルケーキは無事にできあがるのか。それらの答えはここでは明かさないが、アダムたちの奇想天外なケーキづくりの騒動を見ていると、善と悪という単純な見方はどこかへ行ってしまいそうだ。何より、映画を見終わると無性にアップルケーキが食べたくなる。できればそれほど甘すぎず、少し酸味の残る小さなケーキがいい。『アダムズ・アップル』自体、温かくもどこかほろ苦さを残す小ぶりな映画だから。

2019/10/16

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プロフィール

月永理絵

エディター&ライター。『映画酒場』『映画横丁』などの雑誌や、書籍の編集をしながら、ライターとしても活躍している。大学卒業後に小さな出版社で働く傍ら、映画好きが高じて映画評の執筆やパンフの編集などをするように。やがて会社を退職し、現在はフリーランスで活動中。青森市出身で、現在は東京都在住。

映画酒場編集室  http://eigasakaba.net/

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