音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.3 リンゴをかじって、中央アジアへ

みなさんは「リンゴ」という言葉や実物を目にした時、何を思い浮かべますか。おそらくほとんどの人が、だだっ広いリンゴ畑が広がる青森県や長野県の景色を頭の中に想い描くのではないかと思います。日本人にとっては、その両県とリンゴの濃い関係は半ば常識で、逆に青森や長野という県名を聞いた時にリンゴのことを考える人も多いでしょうね。実際にはリンゴにはたくさんの品種があり、両県以外でも栽培されている美味しいリンゴもあります。今度リンゴを買う時は、品種名だけでなく産地をチェックしながら、文字通り一味違う土地で作ったものを試してみるのも面白いかも知れません。

さて、リンゴと言えば青森か長野というイメージがあまりも強いために、それ以外の土地のことをなかなか思い浮かべられなくなるという話ですが、今回はその想像の幅をもっと広げるお手伝いをしたいと思います。リンゴという果物は、ユーラシア大陸の中ほどにある「中央アジア」という地域が発祥の地です。リンゴという言葉とは違い、中央アジアという地域名を目にしてすぐ国や都市の名前を思いつく日本人は少ないでしょうね。

もうググってわかっちゃった人もいると思いますが、中央アジアはウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、トルクメニスタン、タジキスタンの5つの国を指します。この手のものにありがちで、モンゴルを入れるとか、イランの北部まで含まれるとか「諸説ある」のですが、ここではとりあえず一番定説になっているこの5国が中央アジアということにしますね。今回はYouTube音源のある音楽を中心に、中央アジアのカルチャーをほんの少しだけご紹介します。ぜひリンゴをかじりながらお読みください。

ウズベキスタンは首都タシュケントよりも世界遺産のレギスタン広場のある街サマルカンドの方が有名でしょう。鉄道マニア「鉄ちゃん」界隈では中央アジア唯一の地下鉄保有国として知られています。中央アジアと言うと、ちょっと知っている人でも「辺境」というイメージで、そんな国に地下鉄があるのってそれだけでも驚きですよね。青森市にも地下鉄がないのに! でも、音楽ライターの私にとってこの国は何と言ってもギターの魔術師エンヴェル・イズマイロフが生まれた国なのです。普通ギターは左手で弦を押さえて、右手で爪弾くという演奏方法なのですが、イズマイロフはピアノのように両手の指で弦を叩いて弾きます。しかも、見た目はその辺で飲んだくれてそうなおじさんなので、はじめて見た人は何重ものショックを受けます。百聞は一見に如かず。とにかく見ていただきましょう。

はい。良い子は真似しないでくださいという感じの演奏ですね。その超絶技巧もすごいんですが、中央アジア周辺国の民俗音楽のメロディやリズムを取り入れた異国情緒あふれるサウンドも魅力です。ちなみにイズマイロフは青年期からは両親の故郷だったウクライナに移住してそこで活躍しています。他にウズベキスタンのカルチャーで日本で知られているものとしては、『E.T.』をパロったSF映画『UFO少年アブドラジャン』(ズルフィカル・ムサコフ監督)というのも結構有名です。

次はタジキスタンに行ってみましょうか。タジキスタンと言えば、何と言っても先日惜しくも亡くなった映画監督バフティヤル・フドイナザーロフの国。「何と言っても」って誰が言ってるんだという感じですが、とにかく素晴らしい映画監督なのです。ロードムーヴィーならぬレールムーヴィーの『少年、機関車に乗る』やロープウェイを舞台にした男女の恋愛ドラマ『コシュ・バ・コシュ 恋はロープウェイに乗って』などが代表作です。ゆるーく時間が流れる独特のテンポも観ればきっとはまります。『コシュ・バ・コシュ』は内戦危機の政治状況がバックグラウンドにあるので、絶えず銃撃の音が聞こえているのも臨場感があり、なかなか快感のある音響になっています。ラストシーンで流れてくる音楽もしびれました。ちょっと聴いていただきましょう。

これもまた民俗音楽タッチの感じられる音楽ですよね。フドイナザーロフ作品は、最近亡くなったこともあり、追悼特集が各地の映画館で組まれる機会が増えています。時々ネットでチェックしてみてください。

では、トルクメニスタンはどうでしょう。日本人にとって、あまりに情報が少ないこの国も、一部の音楽ファンには結構なじみ深い国名だったりします。その「一部」とはプログレッシヴ・ロックです。略してプログレと呼ばれるこのジャンルのファンは、世界中の「それっぽい」音楽を何でもプログレと名付けて楽しんでしまう貪欲な性格を持っており、それゆえに幅が広がりすぎて「プログレってどんな音楽?」にうまく答えられないという弊害が生まれています。それは冗談として、一時期トルクメニスタン発の超絶プログレバンドとしてファンの間に衝撃が走ったのがこのGunesh Ensemble。ドラマーのRishad Shaftiがリーダーのバンドです。何と表現していいのかわからないごった煮っぽいサウンドですが、これも民俗音楽のテイストがよく出た音楽です。動画に次々と出てくるバンドの写真がなかなか強烈です。

ちょっとマニアックすぎたでしょうか。ところで、残りの国カザフスタンやキルギスを含めた中央アジアはあのシルクロードが通る地域としても知られています。中央アジアと言ってもイメージがわかない人は、シルクロードのことを考えるといいかも知れません。また、現代ではなくて19世紀ですが、中央アジアの文化を知るにあたってうってつけの教材があります。大ヒットしているマンガ『乙嫁語り』(森薫)です。最近はコミックエッセイ『女一匹シルクロードの旅』(織田博子)なんかも出たようです。他にも、シンセサイザー奏者喜多郎の音楽や、日本のポップス史に残る名曲「異邦人」(久保田早紀)や「ガンダーラ」(ゴダイゴ)など、シルクロードのイメージはなぜか日本人を強烈に惹きつける何かを持っていますね。

今回はリンゴをネタに、むりやり中央アジアの国々に飛んでみました。今ではあまりなじみのない地域と思われている中央アジアも、少なくともリンゴでこの日本とつながっています。秋と冬の日常を彩るリンゴたちをかじって、まだ見ぬ非日常の中央アジアに想いを馳せるというのも素敵なことじゃないでしょうか。

2015/11/10

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オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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