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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.46 楽器を演奏したい人のための「りんごの棚」

みなさんは、スウェーデン発祥の「りんごの棚」というものをご存知でしょうか。これは実際にりんごを収めた棚のことを指すのではなく、図書館で行われている試みのことです。スウェーデンは全土でリンゴが栽培されていることを、このりんご大学内の工藤信彰さんの連載「北欧からのお便り」が教えてくださっていますが、「りんごの棚」についてはつい最近まで知りませんでした。元図書館員なのに恥ずかしい。

ちなみにこのりんごの棚について教えてくれたのは、秋田県鹿角市の花輪図書館児童コーナーの展示です。同館は鹿角市文化の杜交流館コモッセ2階にあります。コモッセは平成27年オープンの比較的新しい施設で、最寄り駅はJR花輪線鹿角花輪駅。りんごの棚に限らず、展示をいろいろ工夫しているとても良い図書館なので、興味がある方はぜひ行ってみてください。はい、脱線はほどほどに。

鹿角市立花輪図書館がある鹿角市文化の杜交流館コモッセ。
フリーWi-Fiが使え、カフェもあります

スウェーデン発祥の「りんごの棚」とは、特別なニーズのある子どもたちを対象にした図書館資料の展示コーナーのこと。「特別なニーズ」とは、なんらかの障害があるために通常の印刷物ではない資料を必要とするということを主に指します。りんごの棚についてはウェブサイト「障害保健福祉情報システム」のページ(下のリンク先)が詳しいので、もっと知りたい方はそちらをご覧ください。

「りんごの棚」物語
特別なニーズのある子供たちを公共図書館サービスの対象とするための一手段
https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/ifla/jenny_nilsson/appelhyllan.html

書籍と障害について考えるとき念頭に置かれているのは視覚障害であることが多いと思います。ちなみに今「障害」は、当事者が生きる上で困難を感じている場合のみ該当する表現だという認識になっています。例えば以前見たグレタ・トゥーンベリのドキュメンタリーで、彼女はアスペルガー症候群であることを自ら認めつつ「私はそれを障害だと思っていません」と言ってました。

とは言え、ここではいちおう「障害」という言葉を使って話を進めます。世の中にはいろいろな障害がありますが、音楽ライターでもある僕が思うのは、片腕がないとか半身不随など四肢の障害を持つ人と楽器を結びつけるりんごの棚のようなものが将来できないかなということです。

例えば、視覚障害を持った演奏家はこれまで、非常にたくさん登場しています。レイ・チャールズやスティーヴィー・ワンダー、アンドレア・ボチェッリ、辻井伸行、初代高橋竹山あたりが有名でしょうか。こうした人たちの登場で、視覚障害の方への音楽教育のメソッドは、かなり進歩したのではないかと思います。

数少ないですが、聴覚障害を持った音楽家もいます。何と言っても有名なのは作曲家のベートーヴェンでしょう。40歳くらいの時に全く聞こえなくなってしまったそうですが、原因は諸説あります。第九として有名な交響曲第九番「合唱」も全聾後の作曲だというから驚きです。近年では、ピアニストのフジコヘミングが耳の聞こえない演奏家として非常に注目を集めました。

一方で、四肢障害の人が演奏家になる道はまだまだ厳しいようです。視覚の人にくらべてそれほど多くはありません。一番最初に思いつくのは、アメリカのハードロックバンド、デフ・レパードのドラマー、リック・アレンでしょうか。彼はバンドが軌道に乗り始めた時に交通事故で左腕をなくしてしまいます。しかしメンバーは彼しかいないのだとドラマー交代は行わず、シモンズというメーカーがアレン用に左腕なしで演奏できる特殊なセットを開発。復帰後はじめての作品『ヒステリア』がトータル2800万枚というウルトラヒットになる、という映画みたいな美談がありました。

デフ・レパード空前のヒット作ヒステリア。
個人的にはラヴ・バイツがオススメ

同じドラマーでは、日本のジャズ・ドラマー富樫雅彦が有名です。主にフリージャズの分野で才能を発揮する非常に優れたドラマーだったのですが、自身の浮気がもとで妻に背中を刺され下半身不随にという、これまた映画みたいなドラマティックな展開がありました。しかし彼は車いすに座って上半身のみで演奏するプレイヤーとして見事に復活。以後も日本ジャズ史に燦然と輝く名盤を発表し続けたのでした。2007年に亡くなっています。

上の2人はもともと健常者のミュージシャンで、基礎演奏力の下地がありました。それではジャズ木管奏者のローランド・カークはどうでしょう。彼は循環呼吸でサックスや笛を何本も同時にくわえて演奏するなどの超絶技巧で知られていますが、失明したのは幼少期。視覚障害を負った状態で楽器をはじめたんですね。さらに死の2年前に脳卒中がもとで右腕が麻痺。楽器を改造して左手だけで演奏するようになったのでした。それでも2本同時演奏をしていたというのですから、驚きです。彼の復活劇から何十年も経ち、最近では片手でも演奏できるリコーダーなどが開発されているようです。

ローランド・カークを最初に聴くならやっぱり動画から。
インパクトありすぎですが、とにかく楽しい音楽性はこの人ならではのもの

四肢障害の人と楽器をつなげるりんごの棚的な発想でアイディアを出すと、例えば楽器店に片手だけで演奏できるピアノ曲の楽譜を集めたり、上で紹介したような「先達」の演奏を収録したDVDなどを置いたコーナーを作るとかになるんでしょうか。専用の楽器も揃えたいところ。

皮をむかずに(むしろむかないほうが良い)片手で食べられるリンゴは、かなりバリアフリー?な果物なのかも

パラ競技を観戦すると、障害をものともしない選手たちの努力と才能にも驚きますが、それを可能にしているテクノロジーにもびっくりしますよね。未来には、触れなくても演奏できる機械、声が出せなくても歌えるシステムとか多様な障害の状態に合わせてカスタマイズされた楽器が当たり前になり、いわゆる「健常者」と一緒に演奏することがふつうになったりしているのかもしれません。

2022/7/22

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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