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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.37 料理、音楽、ミキシング、そしてリンゴ

つい最近にわかに注目が集まっているアプリZOOMを使ったインタビューで、イスラエル出身の天才ジャズピアニスト、シャイ・マエストロとお話しする機会がありました(CDジャーナル2021年春号に掲載)。原稿には反映できなかったのですが、最後にした質問が「コロナ禍の今、音楽以外でインスパイアされていることがあれば教えてください」でした。彼はふだんニューヨークを拠点にして活動していたのですが、今はイスラエルに帰っています。どんな日常を送っているのか興味があったのです。

日常を知りたいという僕の意を汲んでくれたのかどうか、返ってきた答えは実に興味深いものでした。彼はここ最近、料理をよくすると言うのです。なんでもZOOMかSkypeかを使って、ハワイ在住の料理研究家?の日本人女性に料理を習っているそう。シャイ曰く「料理という作業はミキシングに似ている」とのこと。聞いた時は(もちろんプロの通訳さんを介してです)直感的に「なるほどー」と感じたのですが、ではミキシングとは何でしょう。ここでおなじみWikipediaを引いてみます。

シャイ・マエストロの最新作『Human』。
一曲一曲が長編小説のようなドラマ。傑作です。

「ミキシング (Mixing) とは、多チャンネルの音源をもとに、ミキシング・コンソールを用いて音声トラックのバランス、音色、定位(モノラルの場合を除く)などをつくりだす作業である。」

何のこっちゃかもしれませんね。とりあえず思いっきり単純化してみると、何本ものマイクを使って録音した複数の楽器の音を、ある機械を使ってバランス良く混ぜ合わせる、ということになるでしょうか。上の説明で「ミキシング・コンソール」と書かれている機材は通常「ミキサー」「卓」などと呼ばれます。

バンドのライヴ映像などを見ていると、コンサート会場の客席の後ろのほうとかステージから見て真向かいにあたる場所(映画館で言えば映写機のあるところ)に巨大な平べったい機械が置いてあり、おじさんがツマミやスイッチのようなものを操作している姿が一瞬映ることがありますね。あれがミキサーです。

こういうのがミキサー(卓)。見たことありますか?

ライヴにおけるミキシングは、各楽器やヴォーカルの音をマイクなどでいったんミキサーに取り込んで音量などを微調整し、会場の超でかいスピーカーから観客席に向けてバランス良く音を出すように送り込むというわけです。機材を操作する専門知識だけではなく、鋭敏な聴音感覚が必須の職業です。

ただ、僕がシャイ・マエストロの回答を聞いて瞬間的にイメージしたのはこのミキシング作業のことではありませんでした。僕の頭によぎったのは「料理がミキシングに通じると言うより、そもそも料理はミキシングそのものだよなあ」ということでした。もともと前からそう思っていて、だからシャイの言葉がすんなり入ってきたのかもしれません。

考えてみれば、料理って地方選抜オールスターみたいなところがありますよね。例えばラーメン。利尻産の昆布や宮崎県産の鶏からダシをとったスープに、下仁田産のネギや岩手県産豚肉使用のチャーシューが載ったりする。またはフルーツパフェ。青森県産のりんごに熊本産のいちご、北海道産のメロンに山梨県産のぶどう、山形のさくらんぼが一堂に集まり、その下には大分くじゅう連山のガンジー牛の牛乳を使ったアイスや生クリームが。考えてみたらむちゃくちゃバラバラな組み合わせです。しかしそれぞれがちゃんと主張しつつ、しかもそれぞれが調和する一杯に仕上がっているのです。これがミキシングでなくて何でしょう。

青森県産りんごをはじめとする、地方選抜オールスターみたいなフルーツサラダ

逆に言うと、一つの料理に必要な素材は特定の地域だけで集めることは難しいということなのかもしれません。例えば地方の旅館に泊まって「すべての素材を地のものだけで揃えました」という食事が出てくることは稀です。北海道だと何とか可能でしょうか? しかしこれは音楽も同じだと思うのです。このことを考える時、僕はいつも70年代ニューミュージックを代表する名曲「みずいろの雨」を思い出します。

この曲の歌と作曲は愛知県出身の八神純子で、作詞は弘前市出身の三浦徳子。そしてアレンジは福岡市出身の天才、大村雅朗です。「みずいろの雨」は一時代を代表するポップソングというだけでなく、地方から夢を抱いて集まってきた3人の若きクリエイターたちを一躍有名にした出世曲でもあります。八神さんについてはあまり説明の必要がないと思いますが、あとの2人は熱心な音楽ファンでなければご存じないかもしれません。

作詞家の三浦徳子さんは弘前市出身としては劇伴作曲家の菊池俊輔と並ぶ、戦後日本のポップミュージックを支えた偉大なクリエイターです。主にアイドル歌謡に作品を提供しており、郷ひろみ「お嫁サンバ」、松田聖子「青い珊瑚礁」、吉川晃司「モニカ」などのヒット曲でも歌詞を書いています。ジャパニーズシティポップスの傑作と言われる松原みき「真夜中のドア~Stay With Me」も彼女の仕事です。お兄さんは文芸評論家の三浦雅士さん。

インドネシアの女子ユーチューバーRainychやTikTok経由でバズってる真夜中のドア。福井出身の松原正樹のギターも冴え渡っています。作編曲の林哲司は静岡県富士市出身

大村雅朗さんはおそらく史上最高のポップソングアレンジャーの一人でしょう。同じ福岡県出身の松田聖子とは公私ともに仲が良く、彼女の名曲の数々を編曲したことでも知られています。大澤誉志幸「そして僕は途方に暮れる」、渡辺美里「My Revolution」は生演奏全盛時代とデジタルテクノロジーの本格的な導入期の橋渡しをした(つまり両方のいいとこどりをした)名編曲として後世に語り継がれることでしょう。

というふうに、音楽には地方出身者をミキシングするプラットフォームとしての役割がありました。世界中から優れた才能が集まるニューヨークやベルリンなどの国際都市のジャズシーンなんかも同じです。一方で、山陰地方出身者ばかりで結成したOfficial髭男dismのような「ご当地バンド」も新しい希望の光でしょう。地方に希望を与えるため、ヒゲダンにはできたら地方在住に戻って在住のまま活動して欲しいのですが(笑)、心配しなくてもこれからそういうヒットクリエイターはどんどん増えていくでしょう。

青森県は日本のリンゴ生産の6割以上を占めていますから、料理でリンゴが使用される時に「青森産のリンゴ」として表示されていることが多いです。旅先で食事してそのような紹介を見た時になんとなく誇らしい気分になりますし、「どうです、青森のリンゴ、おいしいでしょう?」と周りの客に語りかけたくなります。

音楽でもそういうこと、けっこうあるかもしれません。気になった曲やアーティストがいれば、関わった人の出身地をググってみることをオススメします。関係者の中に青森県出身者がいたら、僕が「青森県産リンゴ」の表記を見た時と同じように誇らしい気持ちになれますよ。

2021/4/2

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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