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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.39 毎日のおいしさ

ここ数年、心身ともに病気がちで疲れがなかなか取れないしいろいろ思い悩むことも多くなりました。ご多分にもれず更年期障害というやつなのでしょう。反比例して、だんだん音楽を聴くことが少なくなりました。いちおう音楽ライターなのに。

自分も音楽ライターのはしくれになって判ったのは、同業のみなさんのほとんどが「音楽が好きでたまらないので毎日聴いている」というわけではない、ということでした。一つには、音楽を聴く時に必ず「仕事目線」が入ってしまうのがしんどいのです。

おそらくほぼ全ての音楽ライター(または音楽関係者)は音楽が好きだというところから今の仕事につながっているはずですが、好きという気持ちだけで聴いていたあの頃と、職業上必要な分析や「仕事にできるかな」という皮算用(笑)を頭の片隅に置きながら聴くのではやっぱり全然違うような気がします。

以前ポーランドのクラクフという街で会った現地インディレーベルのプロデューサーは、来る日も来る日も要検討の音源を聴かなければならず、レーベルから作品を出したいアーティストやマネージャーから「どうだった」「可能性はある?」と回答の催促が押し寄せる日常が疲れるとこぼしていました。そういう状態になるとフレッシュな状態で音楽に向き合えなくなるし、仕事以外の時間はどんどん音楽を聴かなくなっていく、とも。「わかるー」「ウェーイ」と手に持っていたビールジョッキを再びぶつけ合ったことは言うまでもありません。

上記クラクフのレーベルAudio Caveが昨年リリースした、全員女性のジャズグループO.N.E.Quintetのアルバムから1曲

料理人がプライベートではあまり料理をしたがらないとかいうのと似ているのかも。一方で、音楽好きにとって音楽とはステーキやうな重のようなごちそうに近いものだったからなのでは、とも考えています。つまり「すごくおいしいけれど毎日は食べられない」というやつです。音楽ファンにとっては、音楽というものが「おいしすぎる」「大きな喜び」であるがゆえに、かえって疲れてしまうという側面があるのでは。

感動や喜びなどのポジティヴな心の動きは、悲しみや痛みなど負の感情と同じくらいエネルギーが必要です。言ってみれば「ハイ」になっている状態で、それがずっと続くと心身のどこかが息切れを起こしてしまいます。しかしそういう「特別なおいしさ」が続けて摂取しすぎてしまうとダメージを与えてしまうのなら、いったい人にとって「おいしさ」とは何なのだろうかと考えざるを得ません。本当のおいしさとは、特別な何かではないのかもしれません。

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実は去年から今年にかけて、音楽を聴くことが少なくなったどころか、ほぼ聴いていませんでした。昨年末もある音楽雑誌から年末年始恒例の「今年のマイベストテン」みたいな企画に執筆してくれと依頼されたのですが、選ぶどころか10枚も聴いていなかったので辞退させていただきました。病気療養の必要もあって、仕事をセーブしていたため聴かなくなっていたところもあります。

別にそれでも何の問題もなく、音楽は自分の人生に必要不可欠ってほどのものじゃないのかもな、とも思いました。そういうことを感じたのは、東日本大震災直後節電の必要があってしばらく音楽断ちをしていた時以来、2度目です。

ところが先月からまた音楽を毎日聴くようになりました。寝る前にイヤホンで音楽を聴くと、やがて眠くなってそのまま熟睡できることを発見したからです。それ以前は数週間ほど睡眠障害が続いていて、へろへろになっていました。ある時思いつきで横になって部屋の明かりを消して音楽を聴いてみたら、ぐっすり眠れました。だから最近の僕にとって音楽は睡眠のためのもの、になりつつあります。

就寝時にまたいろいろ音楽を聴くようになって改めて気づいたことは、自分は美しい音色が好きということです。それもどちらかと言うと心のほうで好きと言うより、体のほうがそういう音色を好んでいる。どういうことかと言うと、要するにほんとうに美しい音を出している演奏家のプレイは、いくら聴いても全然疲れないし、毎日でも聴けるということです。

美しい音色と言うと第一に思い浮かぶのはビリー・コブハムというジャズドラマーです。ムキムキのガタイ、演奏中によく鉢巻をする・・・などなどヴィジュアルはかなり微妙。音楽もしょぼいフュージョンみたいなのをやることが多いので今では言及されることも少なくなったのですが、コンテンポラリードラム史に残る偉大なドラマーです。

彼はものすごいテクニックで叩きまくるので「バカテク」みたいなイメージがすごく強いのですが、実はむっちゃくちゃ音がきれいで、ほんとうに群を抜いています。一発でわかる。無形世界文化遺産に認定してもいい。彼くらいに美しい音色のドラムだと、正直その時やっている音楽がどんなにしょぼくてもダサくても関係なく気持ちよく聴けてしまうのだと、就寝時に毎日聴くことで再発見したんです。

ビリー・コブハムの美しい音色が堪能できる一枚。オルガン奏者チャールズ・アーランドのアルバムで、特に3曲目’Cause I Love Herがオススメ

真の美音というのは、そういうものなのかもしれません。僕が音楽ライターとして専門にしているポーランドジャズも、そういう美音を出す演奏家がとても多いんです。きらびやかで美麗な音色のプレイヤーはたくさんいますが、ずっと聴くと意外と疲れるし毎日はいいやって気にさせられます。

ここでもう一度話を料理に戻しましょう。人にとってほんとうのおいしさとは「毎日食べ続けられる」ということなのかもと思い至りました。例えばお米です。たぶんほとんどの日本人がご飯を一日一回は食べているでしょう。また、リンゴは一日一個食べると病気知らずとも言いますよね。あれは実際に病気予防の要素もあるのでしょうが「リンゴなら毎日食べられる」という認識がベースになっているとも言えます。

ジュースなどにも使われて最近はすっかりおなじみになったトキ。リンゴを毎日食べ続けられるのは品種が多いという理由もあるでしょう

コロナで外出することも減り、人とのつながりも少し細くなって、だんだん日常生活の起伏が少なくなってきた昨今。でもそういう日々の繰り返しだからこそ気付くのは「毎日リピートできる」ものごとの素晴らしさなのかもしれません。ごちそうより毎日の食事、絶景より日常の風景、恋愛においてはあがるイベントではなく大切な人と一緒に過ごす何気ない時間。人は、そういう毎日に支えられて生きているんですね。リンゴやお米、美しい音色の演奏は、人間にとってそういうものなんです。

2021/7/17

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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