音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.26 なんか同じこと言ってない?

サイダーと言うと、みなさんはどういう飲み物を思い浮かべますか。日本に生まれ育った人ならほとんどの人が無色透明の炭酸飲料をイメージしたのではないでしょうか。三ツ矢サイダーとかですね。ところが、世界規模で見ると僕たち日本人にとってのサイダーは、いくつかあるうちの一つでしかないようなのです。

例えばイギリスだとサイダーは「リンゴ酒」を指すようです。そして果汁で味付けした炭酸飲料は「レモネード」。フランスも同じような感じで、フランス語にはサイダー Ciderという単語はありませんが、こちらではCidreになります。青森県民にもおなじみ、あの「シードル」ですね。しかしちょっとややこしくて、同じリンゴ酒でも、フランスのシードルは日本とは違い発泡酒ではなく、イギリスのサイダーは発泡酒であることが多いのだそう。つまり日本人にとってのシードルはイギリスのサイダーが一番近いということになるでしょうか。

青森県のご自慢コンテンツ、弘前産のシードル
青森県のご自慢コンテンツ、弘前産のシードル

そして、北米におけるサイダーはお酒でも炭酸飲料でも発泡酒でもなく加工していないリンゴの果汁を指すのだそうです。または炭酸入りリンゴジュースに使うパターンもあるとか。どっちなんだ。もう何が何だかよくわかりませんね。リンゴ酒のことは「Hard Cider ハード・サイダー」などと呼んだりするようです。うーん、では日本で売っているサイダーと同じものはアメリカでは何と呼ぶんでしょうか。無色透明の炭酸飲料は英語圏の国にはあまり売ってないのかもですね。

シードルでよく使われているサンふじと王林
シードルでよく使われているサンふじと王林

さて、このように言葉とそれが表す物との関係はとても複雑です。社会学系の対談本とかを読んでいると、対談している二人、ないしは数人が単語や言い回しの上では全然違うことを言っているように読めるのに、その人たちの中ではちゃんと論旨の理解が共有されていて、置いてけぼりになることがよくあります。難しくて僕にはよくわからなかったのですが、どうやらきちんと研究をしている人たちの間ではちゃんとそれで話が通じるらしい。

これとは正反対のパターンもあります。どちらも同じことを言っているのに使っている言葉が違うせいで話がかみ合わないというやつですね。日常生活でそういうこと、よくありませんか。上で書いたように学者さんたちは言葉が違うくらいで相互理解は妨げられないけれど、僕たち普通の人間は違う言葉を使っていたら、理屈上は同じ事を言っていてもそのことに気付かないのです。言葉が違うんだから、言ってることも別の内容なのだと判断してしまいます。

音楽ライターとして仕事をしていると「ジャンル名」についてそういうことをよく考えます。有名な例では「フュージョン」と「クロスオーヴァー」は、大まかには同じ音楽を指します。ただ、使っていた時代が違うんですね。最初はクロスオーヴァーと呼ばれていたのですが、その呼び方は淘汰され、後にフュージョンで一括されるようになりました。「プログレッシヴ・ロック(プログレ)」と「アート・ロック」がだいたい同じという時代もありました。

プログレ史に残る名バンド、イエス

違う言葉を使っているのに同じことを言っているということでは、即興が中心の音楽はこうした例の宝庫だと言えます。ジャズの場合だと、だいたい演奏する曲には基本になるコード進行というものがあって、それに沿って即興をするのですが、レベルの高い人になればなるほどそれを踏まえた上でどんどん自由になっていきます。そういう「遊び方」を楽しむ音楽だからです。でもジャズを始めたばかりの学生バンドとかだと、その場で思いつくフレーズも限られているし、和音からふくらませていく技術もないので、だいたいみんな同じような演奏になります。

ところがトップ・ミュージシャンは「この演奏は、ほんとうにこの曲をやっているのだろうか」というくらい発想がかっとんでいます。それでも、でたらめにはならない。そこには曲のメロディやコード進行という共通理解が演奏者たちの中にちゃんとあるからです。これは、違う言葉を使っているのにちゃんと話がかみ合っている学者たちと同じと言えるのではないでしょうか。

フリージャズという分野になると、さらに「コード進行」という前提すら取っ払われて、完全にその場でお互い探り合いながらアンサンブルを作っていく(もしくは作らない)という演奏になります。コードがあるジャズとそうじゃないフリージャズの違いは、何を話すかテーマをあらかじめ決めたおしゃべりと、まったく何も決めないで自由に話し始めるという時の違いに似ているかもしれません。

欧州フリージャズのカリスマたちによる演奏

僕はいちおう音楽ライターとしては「ジャズ」が専門なのですが、この言葉ももう意味が多元化してしまっていて、同じ言葉でも使う人によってまったく違う音楽を指すようなあいまいな言葉になっています。黒人のミュージシャンたちが地下のクラブでスーツを着てボンボンボンボン♪とベースとかを弾いて・・・というのをイメージする人もいれば、ヒップホップっぽいものとか、インテリ風の若くてファッショナブルな男女がやっているハイセンスな音楽を思い浮かべる人もいるかもしれません。

僕の親世代(70代~)は、自分たちの若いころ日本巡業をたくさんやっていて「蕎麦屋の出前持ち~♪」という替え歌が作られるほどヒットもしていたアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズとかをジャズの例に挙げる人が多いです。僕が主に書いているのは、ブレイキーのような昔のジャズではなくてポーランドや中欧の現代ジャズなので、「ジャズの話」を始めても年長者とは全然話がかみ合いません(笑)。同じ言葉なのに違う音楽を指している、という例では他に「テクノ」などもあります。

現代ジャズの代表格、ベースのマイケル・リーグ率いるグラミー賞受賞プロジェクトのスナーキー・パピー

音楽は言葉で表現できない領域を楽器で創造していくという分野なだけに、言葉との関係はなかなか難しいです。今度海外に行ったら「サイダー」をオーダーしてみたいですね。どんな飲み物が出てくるんでしょうか。国によって違うんでしょうね。そんなお楽しみを想像しつつ、とりあえず今夜はリンゴ発泡酒の「日本のシードル」を一杯やります。

2020/3/18

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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