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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.5 味以外で魅惑するリンゴたち

基本的に、人間は「ハマる」動物です。文化の中にトレンドとか流行がある動物ってきっとヒトだけでしょう。その理由のひとつは、ほかの動物にはメディアがないことだと思います。もしあなたが本気で動物的な暮らしをしたいと思ったら、まずは一切のメディアから自分を遮断することからはじめるでしょう。ラジオ、テレビ、CDプレイヤー、インターネットに新聞、書籍。これらを身の回りからなくすと、かなり人間らしい生活から遠ざかれると思いませんか。

メディアというものが、どれほど人間を進化させ突き動かしてきたかを知るための素晴らしい書籍の数々がありますが、私はフランス文学者の山田登世子が書いた『メディア都市パリ』(青土社/ちくま学芸文庫)をオススメします。大学入学直後に弘前市立図書館で借りて読み、衝撃を受けた本です。メディアの発展を中心点にして、世界がどんどん変わっていく様子をタイムスリップ・トラベルをしているかのようにつぶさに見せてくれる名著。私のその後の人生も変えてくれました。ぜひご一読を。また、ついでにメディアの「負の側面」を教えてくれる著作もあえて挙げておきます。アメリカのフリーライター、フィリップ・ゴーレイヴィッチがルワンダ内戦の模様を伝えたルポ『ジェノサイドの丘』です。ここで大きな役割を果たしているのはラジオです。いろいろ考えさせられる傑作なので、こちらもぜひ。

そんなメディア史のなかでも、ひときわ人間を虜にし、ハマらせた二つの「リンゴ」があります。ひとつは、ウィンドウズとならぶパーソナル・コンピューターの二大勢力マッキントッシュを生み出したアップル社ことアップル・インコーポレイテッド。私個人はたまたまウィンドウズでパソコンをはじめたのでその使い心地の良さはよくわからないのですが、クリエイターたちが仕事で使っているのはみんなマックですよね。起動がとにかく速いから好きと言う編集関係の友人もいました。クリエイティヴ・ワーク周辺では、マックのひとり勝ちと言ってもいいと思います。つまり、アップルは現代のものづくりをサポートする「縁の下の力持ち」として社会の大いに貢献してきたメディアなんですね。

そのアップル社がメディアプレイヤーであるiTunesを介して、またも大きなリンゴを人類に手渡してきました。音楽配信サービスのApple Musicです。毎月980円を支払えば、iTunesで世界中のありとあらゆる音楽が何度でも何曲でも聴ける。レコードやCDのような形ある「フィジカル」形式であれ、音だけを楽しむ音楽データであれ、基本的にその曲なりアルバムなりを選んで買って聴くのが常識だったこれまでの社会に衝撃が走ったと言っても言い過ぎじゃないんじゃないでしょうか。

紅玉
こちらは古くからあるりんご「紅玉」。
手のひらにすっぽりと収まるサイズながら、明治から今に至るまで日本のりんご産業を支えてきた品種です。
アダムとイヴが食べたのはこれかも?

私は、ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーのいわゆる中欧諸国の90年代以降の音楽を紹介した『中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』という本を監修したのですが、多くの読者から「聴きたいけどCDが買えない」とのご意見をいただきました。まだほとんど知られていないエリアということもあり、日本にほとんどCDが入ってきていないのです。ところが、Apple Musicはそんなマニアックな音楽も多数カヴァーしており、私の本で紹介している作品もたくさん聴くことができます。

こうした音楽の聴き方に対し賛否両論はあるでしょうし、アーティストへのペイのされ方などに疑問は残りますが、たくさんのものに触れて選択肢が増えること自体はとても良いことなのではないかと思います。私個人はできるだけCDを買って手元に持っておきたいのですが、20代くらいの若者だと音楽を聴くイコール音源データで聴くというのが常識らしいですし、これもまた選択肢のひとつです。

何十年か前まではとにかく買わなきゃ聴けませんでしたが、やがてレンタルショップが登場し、借りて聴くという形が定着しました。かわりに「買わなくても聴ける」場所だったジャズ喫茶のような場所のブームはひとまず下火になりました。そして今度はiTunesやApple Musicなどのデータ・サービスの時代の到来。しかし、最近はジャズ喫茶も復活してきてるんです。不思議ですよね。とにかく、とてもたくさんの選択肢を今、私たちは手にしています。

さて、人類を魅了したアップルと言えばもうひとつ。今の音楽シーンにもっとも影響を与えたミュージシャンの代表格ビートルズの後期作品をリリースしたアップル・レコードですね。ちなみにビートルズの正式名称は「ザ・ビートルズ」です。英語の冠詞って時々よくわかりません。そう言えばフェイスブックを設立したマーク・ザッカーバーグを描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』で、Apple Musicの前身的な音楽配信サービスNapstarの経営者ショーン・パーカー(ジャスティン・ティンバーレイク演じる)が「ザ・フェイスブック」から「ザ・」を取れ!とアドヴァイスするシーンが印象的でした。

世界中に愛されているビートルズ。こちらは、ポーランド人とブラジル人のデュオが ボサノヴァ風にカヴァーしたもの
この曲が収録された国内盤「ふたりのボサノヴァ~ビートルズ・ノヴァ」

閑話休題。アップル・レコードから発売されたビートルズの作品は通称「ホワイト・アルバム」と言われている『ザ・ビートルズ』からラスト作の『レット・イット・ビー』まで。ビートルズはいつもすばらしいですけど、ディスコグラフィー中でも特に思い入れをもって語られることの多い諸作はアップルから出ているのです。音楽史や一ジャンルを代表するような作曲家やミュージシャンとしては、ジャズのマイルス・デイヴィスやタンゴのアストル・ピアソラ、ボサノヴァのアントニオ・カルロス・ジョビンなどがいますが、ビートルズほどたくさんカヴァーされたミュージシャンは空前絶後。あまりにみんなが好き好きと言うものだから、あまのじゃくな私は一時期「ビートルズなんか嫌い」と公言していたくらいです。そんなバンドのドラマーがリンゴ・スターという名を持っているっていうのも何だか出来過ぎですよね。

アップル・インコーポレイテッドもアップル・レコード(ビートルズが設立したアップル・コアの一部門)も、なぜアップルという名前にしたのかは諸説あります。子どもは最初にアルファベットのAをおぼえるからとか、リンゴだけを食べるダイエットに効き目があったからとか。いずれにせよリンゴという果実にとてもポジティヴでたくさんの人を惹きつけるイメージが託されているのは間違いないでしょう。

名門ブルーノートに録音されたショーターの名盤「アダムズ・アップル」からジャズ史に残る名曲「フットプリンツ」をどうぞ

ジャズ史上に燦然と輝くカリスマ作曲家ウェイン・ショーターの初期の名作に『アダムズ・アップル』があるのでもわかるように、旧約聖書でアダムとイヴが蛇にそそのかされて食べてしまった善悪の知識の木になる「禁断の実」はリンゴだと言われています。しかし何の果実なのかということは実はどこにも書かれていません。いつの間にかリンゴということになってしまったんです。ダメだと言われているのにかかわらず、どうしても食べたくなってしまう。そういうものの象徴がリンゴなんですね。すぐに罰せられて「原罪」認定されちゃったアダムとイヴには悪いのですが、今日もまた私はおいしいリンゴにかぶりついています。

2016/1/22

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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