音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.33 リンゴと音楽を包むもの

リンゴの出荷時期になると、リンゴそのものとともに「あるもの」をたくさん目にするようになります。木でできたリンゴ箱です。サイズは高さ30~62センチ、幅30~32センチ、長さ60~62センチくらい。収穫したリンゴの競りがおこなわれる市場の倉庫内には、ものすごい数のリンゴ箱が積み上げられていて圧巻です。

それにしても、なぜ木の箱を使うのでしょうか。現代には段ボールやプラスチックなど安くていい素材もたくさんありますし、実際プラケースが使われることも多いです。でも木の箱に収めると、リンゴの色が良く仕上がるそうなのです。また、木材には湿度を調整する機能があり、その点でも優れているとのこと。素材にはマツやスギが使われることが一般的。マツは堅くて耐久性があるのですが、予算を抑えたい場合には安いスギを使うようです。

リンゴ箱は、リンゴ産業の発展とともに歩みました。青森でリンゴを栽培するようになったのは明治時代の半ばくらいで、初期はマツ、スギ以外にブナの木でも作られていました。マツは材質が良いかわりに高価だったので、スギのリンゴ箱もたくさんあったようです。

市場に積み上げられたリンゴ箱

箱を制作するテクノロジーも現在とは違い人の手が必要なパートが多かったため、再利用も盛んで、出荷先でリンゴを取り出した後、物資を詰めたものが返ってくるというふうにできるだけ無駄のないように使われていました。現在は「送りっぱなし」が主流なので、どんどんリンゴ箱を作っていかないと間に合いません。制作・販売を手掛ける会社もいくつかあります。日本のリンゴの6割を生産する青森県では、リンゴ箱産業も一大産業なのです。

リンゴ箱は近年インテリアとしての価値が「発見」されはじめています。若者が部屋にわざとリンゴ箱を置いたりなど、おしゃれなライフスタイルの小道具として使われるケースが増えています。またイオンモールつがる柏内にある「つがる市立図書館」では、書架や館内設備にリンゴ箱を使用していました。図書館には本を貸すだけではなく、地元文化の発信の役割もありますから、その好例と言ってもいいでしょう。

リンゴとリンゴ箱の関係にあたるものに、CDやレコードにおけるジャケットがあります。DJユースのネタ用ヴァイナルの販売には無地で単色のシンプルなペーパースリーヴも多く見られますが、基本的にCDやレコードが入っているのはきちんとしたデザインとプロダクションを経た一個の作品としてのジャケットです。もちろん、本体を損傷から守る役割もありました。

CDやレコードなどの物理媒体のことを「フィジカル」と呼びます。現在はストリーミングやサブスクリプション・サーヴィスが盛んでフィジカルを購買して音楽を聴くというスタイルが廃れつつありますが、それでもアルバムやシングルの配信には作品用のオリジナルアイコンなどが使われます。これはこれでデジタル時代のジャケットと言ってもいいのかもしれません。

フィジカルのジャケットについては、主にレコードのほうが話題になることが多いです。大きいから見ごたえがありますし、持っているとちょっと絵画コレクションっぽくなりますからね。近年はリンゴ箱と同じく、都会の若者のおしゃれライフの小道具として紹介されることが多く、レコード屋巡りもちょっとしたブームになりつつあります。でも場所をとるし、アナログプレイヤーがないと中身が聴けないという難点もあります。

個人的にはCDの「雑貨っぽさ」がけっこう好きで、気軽に部屋に置いたり交換したりできますし、聴くのも手間要らずですよね。特にポーランドやアルゼンチンのCDジャケットは凝ったデザインのものが多くて、ヴィジュアルアートやインテリアとしての価値が高い「作品」として音楽関係者の間でも評価されています。

取材に行った時にポーランドで買ってきたCDの数々

ただし、ここ数年くらいでレコード文化は息を吹き返してきていて、アメリカや日本ではCDの売り上げを超えてしまいましたし、CDと一緒にレコードもプレスして販売するケースもかなり増えました。今はレコードにダウンロードキーをつけて、ウェブサイト上でデジタル音源を聴いたり保存できるようになりました。これなら専用プレイヤーは要りません。ヴィジュアル観賞用にレコードを買って音はデジタルで聴くという楽しみ方が生まれ、レコード購入へのハードルが下がったのも再浮上の大きな要因でしょう。

ジャケットにも歴史やお国柄があって面白いですよ。中欧や東欧など旧ソ連支配下の旧共産圏国のレコードは、ジャケットの紙素材がペラペラで笑っちゃうくらいにチープです。数十年前の日本で販売されていた海外作品ジャズのレコードには、ジャケ裏に評論家などの解説がそのまま印刷されている、なんてこともありました。クラシック作品のジャケットは演奏家本人や風景写真が使われることが多く、意外と芸術の香りがしません。

日本製ジャケットで有名なのは、メキシコのバンド「サンタナ」の日本ライヴ「ロータスの伝説」という3枚組レコード。横尾忠則デザインの22面ジャケットはギネス世界記録に認定されています。ちなみに、演奏もむちゃくちゃカッコいいです。

※ロータスの伝説についてはリリースしたSonyMusicのページが詳しいです
https://www.sonymusic.co.jp/artist/santana/info/479398

CDはここ10年くらいでプラスチックケースからデジパックへと移行しつつあります。ただしデジパックは制作コストがかかるそうですが。日本ではレコードジャケットのミニチュア版として「紙ジャケ」も人気があります。最近はフォトブック仕様の特殊デザインデジパックもかなり増えました。アート作品としての腕が振るいやすいのは断然デジパック。アートなデジパックジャケットはヨーロッパものに多いですが、残念ながら日本国内リリースになるとコスト面からプラケースになることがほとんどです。

一番右側にあるのがペーパースリーヴ、
それ以外がデジパックです

CDもレコードでも、個人的には「実物を手にした時の感覚」を大切にしているジャケットが好きです。上に挙げたフォトブック仕様もそうですし、触った時に立体感が感じられるエンボス加工とか。ポーランドのスワヴェク・ヤスクウケというピアニストはかなりその辺にこだわっているアーティストで、最近のCD作品はすべてエンボスだったり角度を変えたり虫眼鏡で拡大しないと文字が読めなかったりと「手に取って楽しむ」ジャケットを追求しています。これは配信サーヴィスのアイコンジャケットにはない楽しみ方です。

ヤスクウケの傑作Momentsより。このアルバムのジャケットは表面の文字が浮き出ていて触ると点字のような感触になっています

最近テレビで、リンゴ農家さんが「リンゴ箱は香りもいいよね」と仰っているのを見ました。その発想はなかった。今度スーパーのリンゴ販売コーナーでリンゴ箱があったら、嗅いでみたいですね。不審者みたいですが。そのうち、香りもつけて視覚・触覚だけでなく嗅覚も楽しませるジャケットなんてのもできるのかもしれません。逆に、リンゴの展示用にすごくアートなリンゴ箱がオーダーメイドされたりとか。ちょっと見てみたいですが、さすがにそれはないかなあ。

2020/11/5

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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