音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.4 リンゴのカクテルには、アレンジの隠し味

渋谷にbar bossaという有名なバーがあります。ボサノヴァ紹介本や『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』(通称「バーネク」)というヒット本の著者でもある林伸次さんがオーナー&マスターです。良い音楽と良い雰囲気、林さんのつかず離れずのほど良い距離感の接客。すべてが心地良いお店で、用事で東京に行く時はできるだけ時間を作ってうかがうようにしています。

ところで先日行ったら「季節の果物のカクテル」というのが新メニューとして加わっていました。低速ジューサーを使ってブドウや洋ナシから搾り出した果汁とウォッカをブレンドした、栄養満点のカクテルです。この「季節の果物」、当然今は「リンゴ」があります。リンゴのカクテルはさっぱりして味わい深く、いくらでも頼んでしまいそうです。実際何度もおかわりした女性客もいたそう。もちろん私もしちゃいました。私がいただいた時は「サンふじ」を使っていましたが、林さんに訊くと違う味わいも楽しんで欲しいため、サンふじだけではなくて日によって異なる品種を使っているそうです。もちろん「季節の果物」ですから、この冬が終わればまた春の果物を使った新しい味が登場するのでしょう。この冬にbar bossaでこの季節の果物のカクテルを味わった人は、きっと春にも行きたくなるはずです。

サンふじ

リンゴを含め、旬の果物は採れたてをかじったりするなど、一番シンプルな味わい方が当然その味を楽しむベストの方法だと思います。でも私は、その素材の良さを活かす料理やお酒の創意工夫に、音楽で言う「編曲」「アレンジ」の素晴らしさを重ねてしまうんですよね。もともと、しっかりとアレンジされた音楽が好きで、世界有数のリンゴ生産国ポーランドの音楽もそういうものが多いのでハマったというところもあります。林さんがこのメニューの導入を決めたのも、お寿司屋さんのように目の前でジューサーを使って作る「ヴィジュアル面」での楽しみをお客さんに提供できるという理由もあったそうです。一杯のカクテルをできるだけ楽しんでもらうため、いろいろ工夫されているわけですね。果物に限らず、命ある食べ物は基本的に収穫した瞬間からどんどん悪くなっていきます。でも職人の技術と工夫があれば、とれたてでなくても、もっと輝いた料理になって生まれ変わるのです。アレンジって素晴らしいですよね。

実はアレンジって、日常で誰もがやっているんですよ。私たちは仕事で必要なことを上司や同僚に伝えるとき、または大切な人に自分の思いを伝えるとき、じっくりと言葉を選んで話したり書いたりしますよね。うまく伝わった場合って、人の心に特別に訴えかける「魔法の言葉」を使ったわけじゃなくて、話す順番とか調子や強弱、いろんな工夫を重ねながら一生懸命にアレンジしたからだと思います。使っている言葉、素材自体はありふれたものばかりのはずです。シンプルなものから豊かな可能性を引き出す。これもまたアレンジの魅力です。

例えばジャズ。自由に演奏する「即興」の音楽だと言われています。でも、実は意外とアレンジの音楽なんですよ。ジャズのものすごくベーシックな部分は、アメリカのスタンダード曲が担っているのですが、そういった曲の楽譜集にはだいたいメロディとコードネーム(和音をアルファベットと数字だけで書き表したもの)しか載っていないことが多いのです。幼稚園や小学校の音楽の授業で歌う童謡のことを思い出してみてください。あれらの楽譜にも、メロディとコードネームしか書かれていませんでしたよね。先生はそれを読んで、ピアノやオルガンで伴奏をつけながら歌って教えてくれるのですが「ああいう風に演奏しろ」とはどこにも書かれていません。ジャズには「セッション」と言って、はじめて会った人たちが適当にステージに集まってぱっと一緒に演奏しはじめる楽しみ方がありますが、あれもそういった楽譜を見ながらやることが多いのです。なぜそんなことができるのでしょう。

みなさんは、楽譜と言えばオーケストラのフル・スコアとかピアノ譜のような、弾く音を全て書いてあるものをイメージすると思います。20世紀の半ばまでは、もちろんそのような形式の楽譜を使って演奏も教育も行われていました。教育の面からそれを変えたのがアメリカのバークリー音楽大学。クラシック中心の音楽教育とはまた別に、主にジャズやポピュラー音楽をシステマティックに教えたり研究することを目的に創設された大学です。そのバークリー大で発明されたのが、上で書いた「メロディとコードネームだけの楽譜」なのです。この楽譜に書かれた少ない情報から演奏につなげていく理論や技術を「バークリー・メソッド」と呼びます。この方式はある種の音楽革命でした。あっという間に全世界に広がり、今では日本でも幼稚園や小学校の先生が似たような「その場でアレンジ」の技術を使って、子どもたちの前で演奏し、歌ってくれているのです。

ジャズの楽譜

このように、ジャズはけっこう「アレンジ」主体の音楽なのです。とは言え、アレンジと言っても時間のかけ方はさまざまです。バークリー方式のシンプルな楽譜を使って一瞬で演奏に置き換えるという瞬間的なアレンジもあれば、曲のメロディを演奏する部分(ジャズの世界ではよく「テーマ」と呼びます)に、まるでクラシック曲のように緻密な編曲を施しているジャズもあります。今回は、アレンジする音楽としてのジャズの象徴とも言うべきアーティストをご紹介します。女性編曲家のマリア・シュナイダーです。もともとジャズのカリスマ、マイルス・デイヴィスの懐刀として知られていた革命的なアレンジャー、ギル・エヴァンスの有能な弟子として知られていましたが、インターネット上のみで発売された4作目『コンサート・イン・ザ・ガーデン』でグラミー賞を受賞し一躍注目を浴びました。今年はイギリスのロック・スター、デヴィッド・ボウィの新曲への参加も話題に。彼女の音楽を聴いていると、次々と頭の中に旅行番組を見ているかのような美しい自然の情景が浮かんできます。彼女は自分では楽器を演奏しません。アメリカ・ジャズ・シーン屈指のメンバーを集めたオーケストラに緻密なアレンジをあて、ライヴでは彼らの前に立って指揮をするだけ。バークリー音大の設立から積み重ねられ洗練され続けたジャズ・アレンジの技法の究極の姿が彼女なのです。

マリア・シュナイダー

ぜひコラボして欲しいものです。マリアに大きな影響を受けたアレンジャーは世界にたくさんいるのですが、その中でも最も注目されているひとり、今はニューヨークで活躍する挟間美帆は何と青森市出身です。国内盤CDもすでに2枚発表しており、あの菊地成孔に次ぐ日本のジャズシーンのニュースターが誕生か、とファンの間では話題の若手アレンジャーです。彼女とかマリアみたいに、女性が最前線で活躍しているのって、男女がもっといい関係になり、もっと幸せに暮らせる未来への希望を感じさせて、なんか良いですよね。

さて、今回はリンゴを使ったカクテルから連想するアレンジのお話でした。リンゴのお酒シードルや自然の旨味たっぷりのリンゴジュースを飲みながら音楽を聴くと、聴き手に伝えるための音楽職人たちのアレンジ=創意工夫の努力の隠し味が感じられ、より豊かに味わえるかも。

2015/12/8

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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