音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.17 りんごカレーとカヴァーの味

私の数少ない楽しみのひとつに、知らない街を歩いてみるというものがあります。街には、そこに住む人たちの醸し出す独特の空気が漂っており、その空気の匂いの中からその街の日常を感じとるのは、私にとってとても豊かな時間なのです。その街歩きの中でも欠かせないのが地元スーパーの食料品売り場を眺めることです。地元とは言っても、別にその地域特有のスーパーでなくても良く、イオンとかイトーヨーカドーなどの全国的チェーンでも構いません。仕事やプライベートの旅行の行き先がまだ行ったことのない街である時、事前にグーグルマップなどで必ずそうしたスーパーの場所をチェックしておくようにしています。食べ物は、日々の生活に絶対に欠かせないもの。それを求めて、その街で暮らす人々が売り場に集まってきており、そういう人たちの様子を観察するのがまず楽しいのです。そこから見えてくる日常があって、それらをつまみ食いさせていただくというわけです。

栄黄雅
栄黄雅:よくイベントなどで登場する巨大アップルパイに使用されております

もうひとつの楽しみ方は、ご当地のなにがしかを使ったお惣菜とか食品、調味料を知ることができるということです。特に、地方都市であればあるほど楽しいです。基本的に、私たちは他の地方や地域の名産品のことを知りません。「青森と言えばリンゴ」のような日本全国誰でも知っているブランドは、むしろ稀少なほうだと思います。なので、例えば青森県外の方が青森のスーパーにふらっと立ち寄ったら「蛸のどうぐ(内臓)」などに驚くでしょう。そんな驚きを楽しみたくて私も旅先のスーパーに立ち寄るのです。先日は熊本の阿蘇に行ったのですが、道の駅で高菜の種を使ったマスタード「阿蘇タカナード」というのを見つけ、思わず買ってしまいました。ちょっと想像できない高菜の使い方ですよね。

さて、そんなご当地食品のひとつに挙げられるだろうものに岩木屋さんの「りんごカレールー」があります。私はこれ、東京から青森市に引っ越してきた時にはじめて知りました。このカレーを知って以後、いわゆる市販のカレールウを使わずにりんごカレーばかり使うようになったんです。粉末状で溶けやすいというのもあるのですが、やはり地産地消を応援したいという気持ちが強いです。本稿をお読みくださっているみなさんも、今は岩木屋さんのホームページで通信販売もできますし、青森県内以外でも取り扱っているスーパーもあるでしょうから、ぜひお試しください。

岩木屋りんごカレー
こちらが岩木屋りんごカレーです。使ったことがない方は、ぜひ

唐突なのですが、このりんごカレーって、私には音楽の「カヴァーヴァージョン問題」を思い起こさせるところがあるんです。どういうことでしょう。私は名曲の条件のひとつに「どれだけたくさんカヴァーされているか」というものがあると考えているのですが、カヴァーには大きく分けて2つの種類があります。一つ目は、原曲や元ヴァージョンの味わいを多分に残したもの。もう一つは、大胆にデフォルメしたもの。カヴァーヴァージョンとりんごカレールーの関係について考えるようになったのは、少し前にカレーを作っている時にたまたま家にリンゴ数個と岩木屋りんごカレーではない別の粉末状カレールウが揃っていたことがきっかけです。岩木屋ルーのようなリンゴの風味がカレーの中に欲しくて、煮る際にリンゴを皮ごとぶつ切りにして入れたら、いい具合にリンゴが具として残って、とてもおいしかったんです。それは、岩木屋カレーとは別種のおいしさでした。

りんごたっぷりカレー
りんごたっぷりカレー:りんご大学のレシピにもございます、りんごがゴロゴロ入ったカレーです

少し話が逸れますが、レストランでカニクリームコロッケを注文して中のホワイトクリームに全然蟹の身が見当たらなかったら、どう思いますか。あるいは、お肉や野菜がたっぷりと入っているという売り文句のカレーが、跡形もなく煮込まれて具材がまったく見当たらないサラサラのスープのようなものだったら? 鯛の炊き込みご飯に鯛の身が入ってなくて濃厚な鯛の煮汁や出汁だけで炊かれたものだったら? たとえそれらの味が、メインの具材のテイストがものすごく出ているおいしいものでも、やっぱりちょっと損したような気になってしまうものではないでしょうか。少なくとも私はそうです。でも、これ見よがしに具がゴロゴロしたものよりパッと見はあっさりしたシンプルな料理って、すごくハイレベルで高級で上品な感じもしますよね。具材のわかりやすい存在感が欲しいって、庶民感覚なのかも知れません。

話をカヴァーとりんごカレーに戻しましょう。例えて言うと、リンゴはいわゆる「原曲」です。そのリンゴを原材料にして、2つのりんごカレーができあがります。ひとつは、岩木屋さんのりんごカレールーのようにカレー粉末の中にリンゴのテイストが混ぜ込まれたもの。これはいわば原曲の匂いがうっすらと感じ取れるくらいにデフォルメされたカヴァーヴァージョンです。もうひとつのカレーは、私が自己流で作ったような、リンゴの実がごろごろ入ったカレー。これは原曲の存在感をしっかりと残したストレートなカヴァー表現です。この両者のどちらが好きかは、人によって分かれます。そして、当のカヴァーするミュージシャンにとっても、それは同じです。原曲の魅力をどういう方法で活かすかは、人によって流派が分かれます。

ひねったカヴァーと言うとこちらが有名でしょうか。
フランスの人気歌手クレモンティーヌのオサレボサノバアニソン集。
こちらはドラえもん

私個人は、考え抜かれたアレンジとかその人の独特の視点が見えるようなカヴァーが聴きたいので思いっきりデフォルメしたものが好きです。最初のほうに書いた「名曲の条件」にどれだけカヴァーされているかというものを挙げましたが、それは同時に「どれだけデフォルメを許す懐の深さがあるか」という意味も含んでいると思うのです。ほんとうにすばらしい曲は、その味わいに敬意を込めて創意工夫していれば、どんなに形を崩してもきっと大事なテイストは残っているはずだと私は考えます。

グラミー賞のR&B部門を受賞した現代ジャズの申し子的ピアニスト、ロバート・グラスパーによるニルバーナの名曲カヴァー。
ぐっとヒップホップやネオソウル寄りに

一方で、ひねくれた編曲を「奇をてらった」として軽く見る人もいます。素材の味を活かすために必要なのは余計な手を加えないことだという感じでしょうか。あれこれ調味料だの何だのつけるより、獲れたての刺身がいちばん!というわけです。確かに、その曲の旋律をストレートに歌い上げたシンプルなカヴァーに心打たれる時はあります。面白いのは、料理の場合は具材が溶けきったスープカレーや、身が一切入っていない、風味だけを味わうお吸い物なんかのほうががとても高級な感じがするのに、音楽の場合は素材(=原曲)の存在感ができるだけゴロゴロとわかりやすく感じられるほうが成熟して高尚な表現のように評されることが多いという逆転現象ですね。

こういうものが「素材派カヴァー」の代表格かも。
ジャズ界きっての伊達男チェット・ベイカーの名唱です

もちろん、どちらが良いとか高級だとか、私にはわかりませんし実際に正解もありません。それに、かんたんにどっちとも分けられないヴァージョンもたくさんありますし、元ヴァージョンがそもそもどれかよくわからないとかもありますよね。結局は、そのカヴァーを聴く時のその人の気分や環境次第なのですから。でも、岩木屋さんのりんごカレールーばかり使っている人には「たまには自分でリンゴの実を入れたカレー作ってみるとおいしいですよ」とか、もう一方のやり方で作られたカヴァーを試してみるのはオススメしたいです。

これくらいになると、もうゴロゴロか具なしかよくわかりません。シンプルなのに細部まで凝っている。
青森市出身の偉大な音楽家、伊藤ゴローのプロデュース&アレンジによるボサノバ名盤カヴァーです。
また、ゴローさんの新作『アーキテクト・ジョビン』はカヴァー芸術の到達点なので必聴です

デフォルメ・アレンジ大好きのひねくれ者の私だって、たまには素直なカヴァーが沁みる時もあります。毎日釣ったばかりの最高にうまいお魚を食べている漁師さんも、たまには凝ったフレンチの魚料理を食べたい時もあるでしょう。その時その時で、自分の気持ちに一番しっくりくるカヴァーを見つけられれば、幸せですよね。さて、あなたはいったいどんなカヴァーが好きですか?

オンザアップル
オンザアップル:りんごにチーズとナッツをのせただけの簡単おつまみです

2017/9/26

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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